特区になって終わりではない。ワインの酒造免許も必要だ。免許を取得するためには、製造施設の管理状況や製造技術能力、経営基盤の安定性など、包括的な審査をクリアしなければならない。山田さんや川崎市の関係者などによると、特区の申請よりも、免許を取ることの方がはるかに大きな苦労を伴ったという。
紆余曲折の末、晴れて20年11月に酒造免許を取得。これによって、山田さんは自社でのワイン造りが可能になった。また、神奈川県でブドウの栽培から醸造までを一貫して行う第1号ワイナリーが誕生した瞬間でもあった。
これによるメリットはいくつもある。その最たるものが、地理的表示(GI)だ。18年10月に酒税法の改正によって、ワインはGIが厳格になった。ブドウの栽培場所と醸造場所が別であれば、ワイナリーのある地名をラベルなどに表示することはできない。
従って、以前は山田さんのワインも「川崎」や「岡上」の文字を入れられなかった。今回これが可能になった効果は大きい。ラベルを一目見てワインの産地が分かるし、地域のアピールにもなるからだ。
こうして、21年7月に完成した“正真正銘”の川崎ワインには、地名がしっかりと刻まれている。
ただし、川崎市が取得したのは、「特定農業者による特定酒類の製造事業707(708)」という特例措置のため、ボトルや瓶などに詰めて販売することはできず、山田さんが自営するレストランでドリンクメニューとしての提供に限られる。
山田さんは地域でのワインの啓発活動にも力を入れる。
実家で持て余していた蔵に手を入れ、コミュニティースペースとして活用できるようリノベーションした。実は山田さんの妻もソムリエ免許を持つため、そのスペースを使って夫婦でワインスクールを始めたのだ。
スクールといっても小難しいことを教えるのではなく、ワインを楽しく飲むための基礎的な知識などを学べる場にしている。対象も地元の人たちがメイン。現在までに受講生は300人を超えるが、8割が地元だという。
「地域で新しいことをやると批判を受けやすいです。『あそこの息子、ワイン造りなんてまた突拍子もないこと始めたよ』という声が当たり前に出ます。だからこそ、地域の人たちと一緒にワインを学んだり、農業体験をしたりすることが大切だと考えています。みんなも楽しんでもらえれば、新しい取り組みも応援してもらえるかなと思いました」
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