CxO Insights

糸井重里×孫泰蔵「会議のために生まれてきたんじゃない」 若手経営者時代の葛藤

» 2024年03月06日 08時00分 公開
[田中圭太郎ITmedia]

 世界中を飛び回りながら、スタートアップを支援する孫泰蔵氏が、2023年11月に開催された「ほぼ日」の株主ミーティングにゲストとして参加した。

 前編記事では孫氏が講演で語ったAIスタートアップの現状についてお伝えした。後編では、「ほぼ日」の社長を務める糸井重里氏と孫氏が対談。40代からの生き方や、有望なスタートアップを見分けるポイントなどを語り合った。

孫泰蔵(そん・たいぞう)連続起業家。大学在学中に起業して以来、一貫してインターネット関連のテック・スタートアップの立ち上げに従事。2009年に「アジアにシリコンバレーのようなスタートアップのエコシステムをつくる」とビジョンを掲げ、スタートアップ・アクセラレーターのMOVIDA JAPANを創業し、ベンチャー投資やスタートアップの成長支援を始める。14年にはソーシャル・インパクトの創出を使命とするMistletoeをスタート。16年には子どもに創造的な学びの環境を提供するグローバル・コミュニティーのVIVITAを創業している。著書『冒険の書 AI時代のアンラーニング』(日経BP)
糸井重里(いとい・しげさと)株式会社ほぼ日 代表取締役社長。1948年生まれ、群馬県出身。コピーライターとして一世を風靡し、作詞や文筆、ゲーム制作などでも活躍。98年に毎日更新のWebサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」創刊。『ほぼ日手帳』をはじめ、AR地球儀『ほぼ日のアースボール』、「人に会おう、話を聞こう。」をテーマにアプリ・Webでお届けする『ほぼ日の學校』など多様なコンテンツの企画開発を手掛ける

「会議をするために生まれてきたんじゃない」

糸井: 孫さんご自身が激しいビジネスエリートだった時代から、『冒険の書 AI時代のアンラーニング』(日経BP)を書くに至るまで、ひっくり返った主な原因というのは。

孫: それはありました。はっきりと。40歳になったときに、おじさんになったというショックがあったんですよ。昔は40歳というと、おじさんというか、大人みたいな感じがありました。それまでインターネットで起業してきて楽しかったのですが、自分がその歳になったときに「何をしているんだろう」と思いました。カレンダーを見ると、朝から晩まで役員会議、経営会議、連絡会議、戦略会議と会議ばかりで、夜も会食が入っている。俺は会議をするために生まれてきたんじゃないぞって。

2人: (笑)

孫: いつもプレッシャーに感じて、苦しくて、それでも責任感のために一生懸命やっているものの、あまりにも自分の楽しさを犠牲にしていないかと思いました。やはり体の調子も悪くなるんですよね。ずっと下痢をしているみたいな感じだったので、お医者さんに行ったらストレス性の下痢だと言われました。

糸井: 体に出ちゃったわけですね。

孫: それで5、6年かけてしれっと辞めていきました。いきなり辞めるのは無責任だったので、5〜6年かかりました。私も上場会社の社長をやっていて、こういう株主総会にも出ていました。ここは素晴らしい雰囲気ですけど、私の時は『配当上げろ』とか、野次が飛ぶような株主総会でした。何年もかけて新しい人に引き継ぎながら降りていったのが40代でした。

糸井: もともと好きでやれることを増やしていき、やりたいから増やしていったわけだし、やれるようになるからもっと増やせるし。そういう意味では歳をとるほど疲れる側に進んでいくわけですね。それが大病をせずに気付けて、段階を踏んで、違う形になれたことは素晴らしい幸運ですね。

孫: 幸運ですか。

糸井: そう思いました。40歳は一つの節目だと思っていて、万能感が30代の後半くらいにあるんですね。自分の知っている世界では俺は何とでもなるし、俺に聞いたら分かるよといい気になっている状態。でもそれは同じようなタイプの人ばかりの間で俺はすごいと思っているから、全然違う世界の人に『あんた誰』と言われることになって、激しい無能感に襲われます。

孫: 無能感にさらされずに、その心地よい空間にずっといちゃう人もいますよね。

糸井: そうなんですよね。だから、40歳の男の厄年というのは、その無能感との出会いだと思っています。そこで、いっそ休んでしまうというやり方を自分はとったんですね。つまり、釣りばっかりしていた(笑)。孫さんにも聞きたかったのはそこだったんですけど、体に出るのは分かりやすいですよね。

孫: そういう意味では、ぎりぎりまで突き詰めていたのでしょうね。

ベンチャーの可能性は創業者だけでなくチームで見る

糸井: 孫さんが新しい芽を発見する側にシフトしていったときに、芽の発見の仕方などはどんどん上手になるわけですよね。それはどういうふうに?

孫: ベンチャーの世界だと、ベンチャーキャピタルといわれる人たちが投資のプロとされています。でも、彼らは金融出身の人が多い。私は金融じゃなくて自分でやっていた側だから、ベンチャーをやっている人の気持ちが分かるところがあります。

 実は、日本やアジアでは、経営していた人が投資に回るようにはあまりなっていません。米国は当たったら使い切れないほどお金が入るので、どんどん外に回すようになりますし、歴史も長いのでそういう人たちも結構います。それに比べると日本やアジアは歴史が浅いので、そういう人がまだ少ない。

糸井: つまり、金融の目で見て、この会社は有望かどうかを判断する人が多い。孫さんはその目は当然持っていなくはないと思います。同時に自分がやっていたことを考えて?

孫: 自分が彼らの年齢でベンチャーを始めたときに、どうだったのかと考えてみると、すごいと思えるときがあります。自分がプロ野球のピッチャーを経験して、今コーチになっている立場だとすると、高校からドラフトで入ってきた選手の球を見て、ここまで投げられるのはすごいなと感じるといった、そういう感覚に近いような気がします。

糸井: 面白いですね。仕事は1人が全てではないじゃないですか。いいピッチャーがいて、そのピッチャーを支えるチームがあって、全体としての可能性はまた違う目で見ますよね。そこにも目を配るでしょう。

孫: もちろんです。創業者1人ではなくて、周りにどんな人たちがいるのかも含めて、このチームはいいチームになりそうかどうかを見ています。私が支援しているドローン配送の企業は、若い経営者が世の中で取り沙汰されているんですけど、もう1人相棒となる年配の方がいらっしゃるんですよ。

 2人はマサチューセッツ工科大学の図書館で、それぞれドローンの研究をしているときに、たまたま知り合いました。話してみると年配の方は元米海兵隊で、ピンポイントで爆弾を落とす精密爆撃機を設計していた「爆撃の父」と呼ばれる方でした。その方は「ドローンで物をピンポイントでテーブルの上に置く」ことを目標にしていて、この出会いがすごいチームをつくるコアになりました。そういうところまできちんと見て、投資するのかどうかを判断します。私は2人ともお会いしました。

糸井: 孫さんが講演で話した内容もそうですが、きょうの話は関係性の進化です。1つのものをより良くすると、何かとの関係性が壊れます。自動運転ばかりになれば、タクシー乗り場は消えて、バスも違う形になります。一方で、これからなくてはならないと思われるものとの関係性を新しくつくります。僕が興味あるのは全て関係性の話です。孫さんがやられていることは、ものになるかどうかも分からない。けれども、まず孫さんと関係がつくれるじゃないですか。

孫: 私も彼らと関係をつくりたいかどうかが、結局のところ最終的な判断軸になります。たくさんの方を紹介していると、お金よりもそっちの方が彼らもありがたがってくれるし、私もより貢献できる気がします。

糸井: 発明とか、発見とか、イノベーションは、定点にあるものがすくすく育っていくことのように語られます。ですが実は関係を発見するとか、関係を変えていくとか、関係のなすがままに任せるということですよね。くっつきたい人同士が脳のシナプスのようにうねうねしていて、そこに電気が通じることで想像していないことが起こる。社会にそういう場所と人が少なかった中で、まさしく孫さんが「くっついてごらん」と言っているのだと思います。

売上や利益よりバランスシートを見よ

糸井: (投資家は)『当たるというのを俺に証明して見せろよ、金は出すから』と言う人だらけじゃないですか。

孫: それは無理ですよね。それを言う人たちの意味が分からないです。

糸井: どう研究しましたか。

孫: ストレートな回答じゃないかもしれないですけど、金融的に見る人は売上高と利益を見るわけですね。もうかっている、もうかっていない、赤字とか言いますが、そこを見てもあまり意味がないんですよ。それよりバランスシート、貸借対照表の数字が、前の年より大きくなっていることの方が実は重要です。

 お風呂に例えると、お風呂に新しく入ってくる水が収入で、穴から出て行く水が支出。たまたま穴が小さくなっていて、入ってくる水の方が多くてたまった量が利益です。全体の水かさが増えているのか減っているのかが、黒字か赤字かの話ですが、それよりも風呂桶のサイズが大きくなっているのかが大事です。

 どうしてかというと、究極的には会社は社会の中で何かの役割になっている存在です。その役割が増えると風呂桶が大きくなる。関係する方々が増えていて、しかもみんなハッピーだからこそ、風呂桶は大きくなります。私はそこを見ますし、経営しているときもそういうことを意識していました。

糸井: 孫さんは今、シンガポールにいらっしゃいます。これからも関係をつくる仕事をするにあたって、日本にいないことのメリットやデメリットはありますか。

孫: シンガポールになぜいるのかというと、純粋に金融的な考えからです。日本から世界に投資をするのはやりにくく、シンガポールからだとやりやすい。簡単に言うと、100万円出資して、その会社が成長して200万円が戻ってきたときに、日本だと法人税が40%かかります。シンガポールでは利益を取る場合は税金がかかりますが、そのお金を再投資する場合には税金はかかりません。税金逃れとは思われたくないので、日本の企業への投資は日本で行って、国内で税金を納めています。税金もいい使い方をされれば意味があると思いますが、シンガポールの方が、関係性づくりが上手ですよね。

 それ以外にも、外から日本の良さを見たいと思っているところもあります。国内にいると日本の良さが分からなくなったり、嫌になったりすることもありますが、外から見ると日本の良さがよく分かります。それともう一つは、東南アジアに行くと若者ばかりで活気があるので、自分もすごく元気になることですね。シンガポールと日本の両方の良さを、うまく味わえたらいいなと思っています。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.