「目立つ広告、売れない商品」に潜む欠落朝のカフェで鍛える 実践的マーケティング力(3)(2/4 ページ)

» 2009年10月11日 00時00分 公開
[永井孝尚,ITmedia]

クールビズが成功した理由

久美 マーケティングコミュニケーションですか?

 そう。よく「プロモーション」って言ったりもするけどね。ただ、プロモーションという言葉は、「商品をいかに普及させていくか」っていう商品中心のイメージがある。そこで最近は「市場にいかに価値を伝えていくか」という意味で、マーケティングコミュニケーションと言う。

久美 確かにそっちの方がしっくり来ますね。

 マーケティングコミュニケーションを行うために必要なステップは6つある。それらがつながっていることが大切だ。その6つというのは、こんな感じだ。

 誠はPCで図を表示した。

image マーケティングコミュニケーションの実施におけるステップ(出典:『朝のカフェで鍛える実戦的マーケティング力』)

久美 成功したクールビズは、この6つはちゃんとつながっていたんですか?

 クールビズではここのあたりはキチンとデザインされている。1つずつ見ていくと分かるよ。1つ目は何かな?

久美 「ターゲットの明確化」ですね。

 図を見ながら久美は答える。

 これは、何を、どのように、いつ、どこで、誰に向かって発信するのか、ということだ。もともとクールビズは、温室効果ガス排出削減を義務づけた京都議定書が発端だ。政府は国民一人ひとりの具体的な温室効果ガス削減の行動を促す国民運動を起こそうと考えた。ただ最初から大規模な国民運動を起こすのは無理だ。そこでクールビズでは、まず一般企業に勤務するビジネスマンをターゲットにしたんだ。

久美 なるほど、確かに具体的ですね。

 2つ目は何かな?

久美 「目的の決定」ですね。

 これは何をコミュニケーションの目的とするのか、ということだ。実は省エネルックが普及しなかった大きな理由の1つは抵抗感だ。

 久美は誠のPCに表示されている省エネルックの写真を見ながら、言う。

久美 確かに30年前にこれを着てオフィスに行くのって、とっても勇気がいりますよね。

 そこでクールビズでは、普及の障害を排除するために、抵抗感をなくしつつ「私も着てみたい」と思えるようなメッセージを訴求して定着率を上げる、という目的が設定されたんだ。

久美 なるほど、みんながネクタイをしているのに自分だけしていないと結構気まずいですよね。

 そうだね。省エネルックが普及しなかった反省が生かされているんだ。3つ目は何かな?

久美 「コミュニケーションの設計」ですね

 これは、メッセージをコミュニケーションに転換し、ポジショニングを認知してもらうことだ。例えば、「省エネルック」というネーミングは久美ちゃんが言う通り「政府主導の省エネ政策の一環である」という狙いそのままだ。久美ちゃん、もし男性だったら、これで買う気になる?

久美 省エネには貢献したいとは思いますけど、でもやっぱりおしゃれはしたいですよね。ちょっとこの名前だと心には響かないかな? あのファッションでお客さんの会社に行くのも勇気がいるし。

 そうだよね。省エネの実現いう政府の狙いは込められているけど、ビジネスマンがどのように考えるかまでは十分に考えられていないよね。この反省もあって、クールビズというネーミングは3200点の公募の中から決めた。「クールビズ」の「クール」が、「涼しい」というイメージだけでなく、「かっこよく温暖化防止」というユーザーの利便性も入ったものだったんだ。

久美 なるほど、確かにビジネスマンの利便性を考えたポジショニングは明確だし、ネーミングもポジショニングと一致していますね。

 そうだ。4つ目は何かな?

久美 「コミュニケーションチャネルの選択」ですね。

 これは、メッセージを伝えるのに適した方法を選ぶ段階だ。顧客とのコミュニケーションは、訪問セールス、電話、広告、新聞、テレビなど、色々なものがある。これらの中から適切なものを選ぶと言うことだ。

久美 なるほど、広告だけじゃないんですね。

 広告はあくまで一部だね。クールビズでは、非常に多様なコミュニケーションチャネルを特性に併せて活用した。広報活動やテレビ、広告、Webも使った。当時行われた愛知万博では、財界トップ十数人でファッションショーも行った。これはイベントというコミュニケーションチャネルだ。5つ目は?

久美 「コミュニケーションの予算設定」ですね。

 これは予算をどのように設定し、確保するのか、ということだ。コミュニケーションにはお金が掛かる。このお金をどのように確保するかがカギだ。予算を確保する方法は色々ある。与えられた予算の範囲でできることをやる方法、売上比率の中で使える予算を配分する方法、競争相手がどれだけお金を掛けているかを把握して決定する方法、特定のコミュニケーション目標を設定して決定する方法、などだ。

久美 ウチの場合は、戦略プロジェクトということで、社長が結構たくさんの予算を付けてくれました。

 クールビズの場合は、環境省は3年間で80億円の予算を計上した。当時、環境省の大臣だった小池さんが強力に推進したんだ。この80億円は、企業でいえばマーケティング予算そのものだ。

久美 80億円って、すごい金額ですね。

 これだけの税金を使うことに対しては当然反対もあった。でも、これだけお金を掛けたから、当初の狙い通りクールビズが定着したともいえる。ただし重要なことがある。ただお金を掛けただけではダメだ。ちゃんとターゲットを明確にして、コミュニケーションの目的を決定して、コミュニケーションを設計して、コミュニケーションチャネルを選んで……というように、今話しているプロセスをキッチリ詰めて進めなければ、成果は上がらない。お金をどぶに捨てるようなものだ。最後は何かな?

久美 「コミュニケーションミックスの決定」ですね。ところでコミュニケーションミックスって、何ですか?

 顧客とコミュニケーションの手段は大きく分けて6つある。広告、販売促進、広報、イベント、ダイレクトマーケティング、セールス、などだ。それぞれ特性があって、目的にあわせてこれらを組み合わせることをコミュニケーションミックスと言うんだ。言い換えると、いかにそれぞれのコミュニケーションミックスに予算配分するかということだ。詳しくは後で資料を渡すから読んでみるといい。

久美 どれにどれだけ予算を掛けるかで成果は変わってきますからね。

 クールビズでは、様々なコミュニケーションミックスが組み合わされた。テレビや新聞・雑誌・ラジオなどによる広報活動に加えて、街頭ポスターや電車内広告、Webサイトや携帯電話サイトといったメディアで大々的な温暖化防止集中キャンペーンを実施した。

久美 ほとんどすべてのメディアですね。

 さらに、関連するあらゆる業界とも連携した。さっき言ったような財界トップのファッションショーに加えて、公務員にも着用を強力に推進したんだ。

久美 あ、そういえば、経団連の会長さんが率先してやっていましたね。新聞で読んだのをよく覚えています。

 影響力がある人に率先してやってもらった訳だ。やはりビジネスの現場で定着するには、会社の経営者から始めてもらうのがいいよね。上の人がやっていないと、社員もやりづらいからね。

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