“3つの壁”乗り越え、東急百貨店がスマホで顧客開拓

既存顧客のリピート率を上げるとともに、新規顧客の獲得を狙う――。スマートフォンを武器にそうした取り組みを積極的に推し進めているのが東急百貨店だ。

» 2014年08月21日 07時45分 公開
[伏見学,ITmedia]

 少子高齢化などの影響で市場全体が縮小傾向にあるデパート業界にあって、各社とも顧客の囲い込みに躍起になっている。東京・渋谷に本店を構え、そこから郊外に延びる東京急行電鉄(東急電鉄)沿線を中心に店舗展開する東急百貨店もその1社である。

東急百貨店 MD企画部 デジタルメディア部 デジタルマーケティング担当の須崎直哉課長 東急百貨店 MD企画部 デジタルメディア部 デジタルマーケティング担当の須崎直哉課長

 既存顧客の定着ならびに新規顧客の獲得に向けて、東急百貨店が力を注ぐのが「オムニチャネル」への取り組みだ。オムニチャネルとは、店舗やオンラインなど顧客と接するあらゆるチャネルを統合することを指す。同社では2012年からこの戦略を推し進めている。これは同業他社と比べても早期である。それはなぜか。

 「2011年ごろからTwitterやFacebookなどのソーシャルメディアを運用していて、顧客とのリアルタイムかつインタラクティブなコミュニケーションを実践していた。この経験からオムニチャネルへの素早い一歩を踏み出せた」と、東急百貨店 MD企画部 デジタルメディア部 デジタルマーケティング担当の須崎直哉課長は理由を明かす。

 加えて、2012年4月に開業したショッピングエリア「渋谷ヒカリエ ShinQs」も後押しとなった。「以前から百貨店内でスマートフォンを片手に買い物する顧客が増えてきていた。これはビジネスチャンスだと思い、ShinQsオープンのタイミングでスマートフォンを利用した新たな買い物のあり方を検討するに至った」と須崎氏は述べる。

直面した“3つの壁”

 オムニチャネル化の実現に向けて舵を切った東急百貨店では、まず全体構想を策定。顧客視点の新たなショッピングスタイルをテーマにしたワークショップを開き、社内のさまざまな部署から100人以上のスタッフが参加した。10回以上のワークショップで飛び出したアイデアは700個を超えた。それを基に役員を含めた大規模説明会を実施し、2012年6月に構想を決定した。

東急百貨店のスマホアプリ 東急百貨店のスマホアプリ

 「いつでも、どこでも、あらゆる場面でお客様とつながる お買い物の“風景”が変わる」。このような構想の下、販売促進、販売サービス、インフラの強化を図った。

 2012年11月には計画を策定するとともに、実証実験を開始した。翌2013年2月にはNTTドコモの店舗集客アプリ「ショッぷらっと」を導入し、新規顧客のさらなる獲得を目指した。そして2013年4月、東急百貨店のスマホアプリをリリースする。

 しかし実は、こうしたオムニチャネル化、ならびにスマホアプリ開発を進める上で大きな壁に直面していたのである。それは主に「システムの壁」「現場業務の壁」「社内理解の壁」だ。

 システムの壁は主に3つ。商品情報の在庫管理、CRMによる共通ポイント、そしてECシステムである。すべての店頭商品について商品・在庫情報が一元管理できているのが理想だが、東急百貨店では一定期間の売り上げ金額に対してあらかじめ決められた原価率を乗じて支払いをする取引形態(消化仕入れ)であるため商品に関する情報を取り扱っていなかった。また、店舗・ECで共通のポイントシステムをスマホアプリから閲覧、利用することが望まれたが、顧客のポイントシステムは親会社の東急電鉄が管理するため、グループを巻き込む必要があった。さらにECに関して、当時は店頭商売の補完的な位置付けに過ぎなかった。

 そうした課題に対してどう対処していったのか。「壁は決して低くないが、抜け道や登る足場はあるはず。まずはいろいろと試してみよう」(須崎氏)という発想で、各店舗の最新情報をSNSで発信したほか、クーポンを配信して来店を促進した。その結果、SNS経由の情報発信は利用頻度が高いことや、クーポンは良質な顧客層が引き換えていることが分かった。

アナログ業務に近い形でIT化を進める

 続いて現場業務の壁である。それまでの店舗の仕事は紙ベースであったため、例えば、顧客がクーポン券を利用した場合、それにスタンプを押して紙束で管理するなど煩雑だった。しかしながら、スマホなど新たなITツールの利用は店頭業務の負荷になるととらえられていた。

 そこで既存業務に近いオペレーションにするため、スマホアプリに表示する電子クーポンには電子スタンプを押せるようにするなどして、店舗スタッフのハードルを極力下げるようにした。またスマホ利用顧客への対応マニュアルを用意したり、OJTを行ったりすることで現場業務を支援した。

 最後が社内理解の壁だ。これについては、社内ワークショップを繰り返したほか、短期間でPDCAサイクルを回し、迅速に社員にフィードバックすることを心掛けた。成果が可視化されることで、次第に理解者や協力者が広がっていったという。

5人に1人が電子クーポンを利用

 このように、さまざまな障壁を乗り越えて出来上がった東急百貨店のスマホアプリは、現在、約2万4000件のダウンロードがあるという。初年度目標を1万件としていただけに、ユーザーからのニーズは高いといえるだろう。

 このスマホアプリの主要機能として実装されているのが、トランスコスモスの子会社であるレオニスが開発するオムニチャネルマーケティングシステム「OFFERs」である。これは、従来の紙のダイレクトメール(DM)に代わり、スマホを持つ顧客にクーポンなどを送り、スタンプなどの消し込み機能を使ってオファー利用状況をリアルタイムに把握できるツール。

 東急百貨店ではこのアプリを駆使したマーケティングでさっそく成果を出している。具体的な事例として、2014年4月3日〜11日の期間で、来店を促進するために東急東横店「ナッツベリー」で粗品プレゼントクーポンを提供したところ、クーポン閲覧者の5人に1人が来店、引き換えをした。「20%というコンバージョン率は高い。同様の施策を紙のクーポンやDMで行っても5%程度にとどまる」と須崎氏は強調する。

 また、アプリから抽出する各種データを分析することでさまざまな顧客行動パターンが見えてきた。例えば、夕方18時台にクーポンをプッシュ通知すると、渋谷にいる顧客および百貨店内の顧客に効果があることが分かったほか、店頭POPとの組み合わせで買い上げ率やクーポン利用率は飛躍的に向上するという。今後さらにデータ分析、活用に力を入れることで、顧客向けサービスの精度を高めていきたいとした。

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