捜査は必ず現場での聞き込みから始まるビジネス刑事の捜査技術(4)(2/2 ページ)

» 2005年11月23日 12時00分 公開
[杉浦司,杉浦システムコンサルティング,Inc]
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クロス表だけでは見えてこない回答者の姿

 人間の直感やアナログ思考の意義がアンケートの前にあるとすれば、コンピュータ利用やデジタル思考の意義はアンケート集計の後に出てくるものである。情報をデジタル化する意義は、得られた情報を数えることができるようにすることにある。数えることができれば情報を分類することも、大小を比較することも可能になる。数えることができるということは大変ありがたいことだ。白黒、勝敗、すべてはっきりさせることができるのだから。

 大抵の場合、アンケート結果は集計された後、棒グラフなどによって、多いもの順に表示される。クロス表によって設問間での関係性を分析する場合もある。しかし、アンケート結果には、棒グラフやクロス表では見抜けない回答者の気持ちが込められていることがある。次に紹介する多変量解析ツールを使えば見えてくるのだが、その場合でも先に述べたように、他人の繊細な感情などが分かる五感、六感がなければ、多変量解析ツールから出てくる分析結果が何を意味するのかが分からないだろう。

 棒グラフやクロス表から見えてくるのは、複数の回答者がある設問に対して回答した傾向である。「全体として白色を好む人が多い」とか「全体として高機能タイプを選ぶ人が多い」とかいった感じになる。しかし、本来、回答者の1人1人は生身の人間であり、1人1人に個性がある。むしろ、1人の回答者が答えた設問間に対して、「全体として〜〜の傾向がある」という分析があって当然ではないだろうか。アンケートの分析者が行うべきは機械的にアンケート用紙全体の傾向をつかむのではなく、プロファイラーとして回答用紙から浮かんでくる回答者の姿をつかむことではないだろうか。

統計解析ツールの威力

 アンケート集計では回答者をひとまとめにして、全体としての傾向を知ろうとすることが多い。しかし、1つ1つの設問に対する最も多い回答結果を寄せ集めてみても、そのような回答の組み合わせをした人が最も多いとは限らない。

 それどころか、そのような人は存在しないということさえ考えられる。これがアンケート集計をする人が陥りやすい間違いである。本当に存在する人で最も多い回答の組み合わせを知ることこそ、現実的な商売の形ではないだろうか。本社のマーケティング部門が調べたアンケート結果が、営業所の現場で働く営業担当者には無意味に感じられてしまう原因がここにある。

 実は、アンケート結果の中から、最も多い回答の組み合わせを知るために大変効果的な手法として、統計解析の中のクラスター分析がある。クラスター分析を使えば、最も多い回答の組み合わせの種類だけでなく、回答の組み合わせの種類すべてについて知ることができ、さらに1人1人の回答者がどの種類の回答組み合わせだったか判別して分類することもできる。クラスター分析は、SPSSやSASのJMPといった10万円程度の統計解析ツールを使うだけで、煩雑な計算作業をすることなく実現することができる。

 クラスター分析をすれば、アンケートの回答者や顧客を「○○タイプ」というように類型化することが可能となる。そして、その意義は単に分類するだけにとどまらないのだ。

警察の手口捜査とAmazonのリコメンデーションの類似性

 人間を類型化して分類する手法はさまざまな分野で見ることができる。最も身近なものは血液型や生まれ月などによる占いであるが、ビジネスで占いを取り入れている人をあまり見たことがない。

 しかし、採用試験や人事考課でよく利用されるSPIなどの適性試験などを受けたことがある人は多いのではないだろうか。限られた問題を解くだけで性格まで判定されたのではたまったものではないが、利用企業が減らないのは、やはりその有効性が評価されているからである。人は誰でもいくつかの類型に入るような類似性を有しており、ある類型といくつかの点で類似点が見つかれば、確認していないそのほかの点についても、その類型と同じである確率が高くなる。

 このことを生かしたビジネス手法を使っていることで有名なのが、インターネットショッピング企業のAmazonである。ある本や音楽CDを買うと、「この本(音楽CD)を買った人はこちらの商品○○○もよくお買いになっています」というメッセージが表示され、確かにこれも欲しいなと思わず買ってしまう、リコメンデーションというマーケティング手法がそれである。最近ではリコメンデーションの機能を組み込んだ営業支援システムや販売管理システムを導入する企業も増えてきているので、こうした応対を受ける機会も増えてきていると思われる。

 実は、このリコメンデーションだが、もともと警察では当たり前の捜査の技術である。空き巣狙いは事前に侵入宅を下見する、詐欺師はわざとしかけた事故から助けて信用させる、大きくだます前に小さな正直を積み上げる、悪徳業者は「今日中であれば半額」というなど、手口を知っていれば助かることもあるだろう。

 人の物を盗むには侵入しなければならないし、だますためには話を聞いてもらわないといけない。そこにはどうしても避けられない共通の手口が出てくる。結局、善い行いであっても悪い行いであっても、人が行うことにはすべて人の性格や考え方が反映されるため、何らかの特徴が出てくるのである。そして、万人1人1人がそれぞれ個性を持つといっても、その行動パターンについては、さほど多くない類型に分類されるということなのである。

 日ごろから、会ったことのある人や出来事など、自分が経験した出来事についてぼんやりとやり過ごすのではなく、「あの人はこういうところが良い、あういうところは良くない」とか、「あのとき、自分がこうすれば失敗しなかった」といったように振り返っておくことで、「この人はあの人に似たところがあるなあ」とか、「前はこの場合、こんな失敗をしたな」といったように頭の中にしまい込んだ類型と比較してチャンスをつかんだり、リスクを避けたりすることができるはずである。

次回の予告

 チャンスやリスクについて的確に察知するための類型パターンを作り上げるためには、日常における地道な情報の積み上げこそ大切だということをご理解いただけたと思う。

 次回は、チャンスを逃す、リスクが見えないということについて捜査の技術の視点から考えてみたい。警察官が平時に行う地道な警ら活動が、緊急時における警察活動のために、いかに崇高で重要な職務であるかについて考察する。

profile

杉浦 司(すぎうら つかさ)

杉浦システムコンサルティング,Inc 代表取締役

京都生まれ。

  • 立命館大学経済学部・法学部卒業
  • 関西学院大学大学院商学研究科修了

京都府警で情報システム開発、ハイテク犯罪捜査支援等に従事。退職後、大和総研を経て独立。ファーストリテイリング、ソフトバンク社など、システム、マーケティングコンサルティング実績多数。


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