ロートンからの苦情で大ピンチ!
キックオフミーティングの次の日、いよいよ始まるシステム開発に気持ちを高ぶらせていた坂口だが、1本の電話でそれがもろくも打ち砕かれることになった。
谷田 「坂口さん、ロートンの松本さんからお電話なんですが。すごい剣幕なんですけど……」
坂口 「えっ、なんだろう? とにかく変わるよ」
坂口は一通り原因を考えてみたが、特に思い付くこともない。コンビニ「ロートン」の店主である松本智志は、気は短いが理不尽なことはいわない大阪出身の人間である。いつもは気さくに話してくれるのだが、今日は様子が違うらしい。坂口は深呼吸して受話器を取った。
坂口 「お電話変わりました。坂口です。本日はどういったご用件でしょうか?」
松本 「どういったご用件じゃあるかい!おまえんところのビールはみんな古いやんけ! うちをなめんとるんか?!」
坂口 「そ、そんなはずはありません。賞味期限が一定期間残っていないと駄目なのは、よく存じ上げおります。そのため、ロートンさん向けの配送には、その条件をクリアしたものしか積んでないはずです」
松本 「じゃ、どうしてあと3日しかないものが目の前にあるんじゃ!! わしの目が節穴とでもいうんか」
坂口 「すっ、すみません!! 至急原因を確認して、対応させていただきます! 取りあえず、そちらに伺わせてください! いまからでしたら1時間以内には……」
松本 「とにかく、ミスはミスやからな! それなりのペナルティを覚悟しといてや。ビールメーカーはあんたんとこだけやないんやからな」
血の気が引くのを感じながら、坂口は電話を切った。横では心配そうに谷田が見ている。コンビニは、スーパーと並んでビールメーカーの最重要拠点である。特に「ロートン」は、ほかのコンビニに比べてサンドラフトを多めに置いてもらっているお得意さんである。そこでの失敗は致命的なのだ。
谷田 「大丈夫ですかぁ? 顔が真っ青ですよ」
坂口 「大丈夫だ……。ありがとう。椎名さんはいまどこに?」
谷田 「椎名さんは新規顧客開拓で外ですよ。ちょっと待ってくださいね。携帯に連絡取ってみましょうか」
坂口 「ああ、ごめん。自分で連絡するよ。えっと、番号は……」
坂口は気持ちを落ち着けるよう何度も深呼吸しながら椎名の携帯番号に掛けるが、ビル内にいるらしく通じない。しかし、ぐずぐずしている余裕はなかった。坂口は谷口に概略を説明すると上着をつかんで営業部を飛び出した。坂口が出て行ったのと入れ替わりに、社内会議の終わった江口が自分の席に戻ってきた。
江口 「いまのは坂口か? えらく急いでいたが、何かあったのか」
谷田 「江口課長代理。いまロートンの松本さんから電話がありまして、納品のことでクレームがありました。坂口さんは、椎名さんに連絡が取れなかったので、取りあえず1人でロートンに向かったんです」
谷田は、手短に自分の聞いた内容を伝えた。
江口 「ふぅむ……」
一通り聞くと、江口はすぐにいくつかの部署に電話を掛け始めた。
一方、ロートンに向かう車を運転しながら、坂口はあれこれ考えていた。『こんな大変な失敗をするとは……。どうしたらいいんだ。メールでの連絡に落ち度はなかったはずだ。配達通知も特に問題ないようだったし、何が原因だろう……。うーん、分からん』とにかく、先ほどの松本の剣幕はただごとではなかった。うまくなだめられるか自信がないが、ここはとにかくひたすら謝るしかない。坂口はロートンに到着すると、すぐ松本のいる事務所に向かった。
坂口 「遅くなりました!! 坂口です」
松本 「ふん、来たんか」
坂口 「今回は本当に申し訳ありませんでした!! 早速ですが、そのビールを見せてもらえませんか。どうしてこんなことになったのか……」
松本 「いまさらビール見たってしゃあないやろ!! もうええわ。こんな初歩的なミスしでかして、もうお前には任せられん。顔も見とうないわ。もう帰ってくれ!!」
松本は怒りが収まらない様子で、取り付く島もない。しかし坂口には原因に心当たりがないのだ。PDAに落としてあった配達通知を見せながら、恐る恐る声を出した。
坂口 「松本さん、しかし、この画面では賞味期限を満たしたものを納品したことになっているのですが……」
松本 「なんじゃ、そりゃ。目の前の事実より、そんな子供のおもちゃのようなものを信じろというんか。そんなもんばかり見とるから駄目なんや! もう帰れ! 商売の邪魔じゃ。あんまりしつこいとお宅の社長に電話してくびにしてもらうぞ!」
坂口 「すいません、そんなつもりでは……」
ますます、火に油を注いでしまった坂口はひたすら頭を下げ続けた。このままだと、原因をつかむどころかくびになりかねない。坂口は混乱する頭の中で『この状態を何とかしなければ』と思い続けていた。
◆次回予告◆
社長の協力も取り付け、いよいよ自分が受け持つ「新営業支援システム開発プロジェクト」をスタートさせて意気込む坂口。そんな矢先、得意先のロートンからのクレーム対応を失敗し、あわやくびの危機にさらされてしまいます。次回は、ロートンのトラブルのその後や、坂口が初級シスアドとして面目躍如する様子などをお伝えします。
東京本社・営業1課 メンバー構成
課長 浜崎 雅則(はまざき まさのり) 43歳
課長代理 江口 章輔(えぐち しょうすけ) 38歳
主任 椎名 純平(しいな じゅんぺい) 33歳
主任 坂口 啓二(さかぐち けいじ) 30歳
チーフアシスタント 松下 真樹(まつした まき) 35歳
アシスタント 谷田 亜紀子(たにだ あきこ) 26歳
アシスタント 水元 優香(みずもと ゆうか) 24歳
営業部 部長 田所 譲司(たどころ じょうじ) 50歳
上級シスアド 豊若 越司(とよわか えつし) 38歳
今回登場メンバー
社長 西田 義行(にしだ よしゆき) 58歳
配送センター副センター長 岸谷 小五郎(きしたに こごろう) 41歳
製造部主任 藤木 直哉(ふじき なおや) 33歳
情報システム部主任 福山 雅人(ふくやま まさと) 36歳
総務部新人 深田 祐子(ふかだ ゆうこ) 23歳
コンビニロートン店主 松本 智志(まつもと さとし) 42歳
profile
シスアド達人倶楽部
「シスアド達人倶楽部」は、経済産業省が実施する情報処理技術者試験の1つ、上級システムアドミニストレータ試験の合格者5名で構成される執筆チーム。本連載「目指せ! シスアドの達人」は、シスアドの日常を知り尽くしたメンバーが、シスアドの働く現場をリアルに描くWeb小説だ。
執筆メンバー5名は、上級システムアドミニストレータ試験合格者と試験合格を目指す人々で構成される任意団体:上級システムアドミニストレータ連絡会(JSDG)の正会員。
森下 裕史
上級システムアドミニストレータ連絡会・ミンツ□代表
- 一番つらくて難しいのは“根回し”
- 難航するプロジェクトと恋の行方(第5話)
- そして、次のステージへの旅立ち
- 人生を揺るがす人事異動
- そして、運命の稼働日
- 最後の難関、経営会議に挑む
- システム移行はトラブルだらけ
- システム入力をサボるやつに使わせる方法
- ライバルにアドバイスをもらうずうずうしさも必要だ
- 本当につらいときに支えになるもの
- 頑固オヤジを口説くには美人広報を使え
- “人を使う”ということの難しさ
- それは仕様です〜ユーザーvs.システム部門開戦
- 気安くバグって言うな! 妥協とプライドのはざまで
- 仕事人間がもらったすてきなクリスマスプレゼント
- 仕事に生きた男の悲しい物語
- 予想以上に成長する後輩と、大御所との出会い
- 自己中な最低主人公、そしてヤシマ作戦発動!
- 明らかになる専務の陰謀、そして救世主現る
- 情報漏えい発覚と、未熟さに気付き身を引く女
- 試験に合格したものの、上級にふさわしくない坂口
- 責任を押し付ける上司と、泥沼の四角関係
- 戦う女のほろ苦い過去と、副社長の苦悩
- シスアド試験前の休息、猛アプローチ始まる!(第6話)
- 坂口に恋のライバル出現〜相手は電車男!?(第5話)
- 鍵はリーダーの力量と気になるお姉さまの魅力(第4話)
- 高過ぎる“部署の壁”と好きなのにすれ違う2人(第3話)
- ワガママほーだい幹部の調整に苦しむ坂口は……(第2話)
- 敵は大企業にはびこる縦割り組織と恋の距離感(第1話)
- 上司にITを使わせる秘訣は1ページのマニュアル!?
- 大失敗する坂口、そして和解する女2人
- マニュアル作りに燃える坂口、でも本当に必要なの?
- 坂口リターンズ!! 今度は使えるマニュアル編
- 告白されるも決断できず。そして、転勤で……(第11話)
- トラブル発生、やはり原因は人だった……(第10話)
- ついに動き始めたシステムと加速する恋心(第9話)
- 激突する女と静かなプロジェクトの幕開け(第8話)
- 企画書作成の難しさと酔った男女の行方(第7話)
- 光が見えたプロジェクトと気付かぬ恋心(第6話)
- 顧客獲得とシスアドに大切なこと(第4話)
- 同僚と社長……錯綜するそれぞれの思いと業務(第3話)
- 運命の出会い……そして覚醒へ(第2話)
- 新任シスアドの理想と現実と自己満足……(第1話)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.