新たな希望
プロジェクトの方向性がやっと固まり、坂口は安堵して、オフィスに戻った。そこに、坂口の帰りを待ちわびていた谷田がすかさず駆け寄った。
谷田 「お疲れさまでした! 坂口さん。会議どうでした?」
坂口 「あぁ、何とか方向性が見えてきた感じだよ」
谷田 「そう、それは良かったですね! じゃあ、帰りにお祝いしません?」
谷田は、今夜こそ自分の気持ちを坂口に気付かせるチャンスだと思った。
坂口 「ん〜、そうだなぁ。じゃあ、少しだけならいいよ」
そのとき、坂口のデスクの電話が鳴った。
坂口 「はい。サンドラフトサポート坂口です」
電話の主 「あ、坂口さんですか。初めまして。私は配送センターでシステムを担当している木村俊哉と申します」
坂口 「どうも、初めまして」
木村 「物流管理システムの導入が見送りになったって岸谷さんから聞きました。ぶっちゃけ、坂口さんには失望しましたよ!」
木村は前回の会合の後、岸谷から新営業支援システムで物流管理の機能が導入されるかもしれないという話を聞かされていた。木村は、日ごろから配送センター内の業務プロセスに無駄が多いと感じており、自分にも絶好のチャンスが訪れたと思っていた。ところが、今日の会議から戻ってきた岸谷から物流システムは見送りになったと聞かされ、頭に血が上り坂口に電話してきたのだった。
坂口 「え! それって、どういうことですか?」
木村 「配送センターの全員がシステム化に反対しているわけではないってことですよ! 反対しているのは、役職に付いている年配の方たちだけで、配送センターの大半を占める若い連中は『こうすればもっと仕事が楽になる!』というアイデアをいっぱい持っているんです。私は、今回のプロジェクトでこうした若いみんなの夢を実現するチャンスが来たと思っていました」
木村のこの言葉に、坂口は体内に電流が流れたような衝撃を感じた。
坂口 「そうだったんですか!? いや、私は配送センターの皆さんがシステム化に反対されているのだと思っていましたよ……」
坂口とこうして話しているうちに木村も冷静さを取り戻した。
木村 「私は決定されたことを覆すつもりはありません。ただ、次の機会のためにこのことを坂口さんにも知ってほしかったので、電話したんです」
坂口 「ありがとうございます! 木村さんのご意見は、ぜひ次回のプロジェクトで実現しましょう。私は、配送センターに木村さんのような方がいらっしゃると知り、うれしいです!」
その夜、谷田と坂口は、新宿の“おばんざい”で有名な店にいた。1人暮らしの坂口は、栄養が偏っているだろうとの気遣いで谷田が選んだ店だった。
坂口 「じゃあ、乾杯!」
谷田 「おめでとうございます!!」
2人はグラスを合わせた。
谷田 「ねえ。坂口さんは1人暮らしでしょ? 食事はどうしているの?」
坂口 「ええ。こちらに来てからは、外食ばかりです。東京にはこんなお店もあるんですねぇ」
谷田 「ですよねー。私も1人暮らしですけど、休日には自炊するので、このお店のメニューや味付けを参考にして作っています。でも、ここまでうまくできないんですけどね」
坂口 「谷田さんは、家庭的なんですね!」
坂口が自分に関心を持ってくれたことが、谷田はうれしかった。
谷田 「ねぇ、坂口さんはどちらにお住まいですか?」
坂口 「経堂です。転勤してくるときに会社から近くて生活しやすいからって、松下さんが教えてくれたところです」
谷田 「まぁ。私は成城学園前なんです。同じ方向ですね!」
坂口 「成城学園前は新宿から小田急線で、経堂の先ですよね」
谷田 「ええ。同じ方向ですし、新宿からもそう遠くないです。ねえ、もう1件飲みに行きません?」
谷田は、坂口が経堂に住んでいることを情報通の水元から聞いて知っていたが、偶然を装った。勇気を振り絞り、思い切って積極的にアプローチしたのだ。
坂口 「えぇ、でもここ数日プロジェクトのことで頭がいっぱいで、よく眠れてないんです。今日は早く帰って、ぐっすり眠りたいので」
谷田 「そうですかぁ……」
自分に正直過ぎる坂口に谷田はガッカリしたが、そんな坂口に自分が好意を持っているのだと思い直した。そして2人は小田急線に乗った。谷田は坂口が成城学園前まで送ってくれるものと期待していたが、坂口はあっさりと経堂で降りてしまった。
谷田 「良い人なんだけど、ものすごーく鈍い人なのよねぇ……」
谷田はスッキリしない気持ちのまま、1人マンションへ戻った。そのころ坂口は、経堂のワンルームマンションで高いびきをかいていた……。
◆次回予告◆
豊若に説得されることで、前回提案した物流管理システムは現時点での実現が難しいことを悟り、現実的なレベルに縮小する決心をした坂口。そして、システム導入の足掛かりとして、ITに慣れてもらうためにPDAを営業部に導入する案を提案し、可決されました。さらに、配送センターの若手には変化を期待する声があることも分かりました。
次回は、営業部でPDAを有効活用するために、部員からのアンケートを採って仕様に反映させることにしましたが、アンケート収集で苦労します。また、坂口、谷田、深田の三角関係にも進展が……。
東京本社・営業1課 メンバー構成
課長 浜崎 雅則(はまざき まさのり) 43歳
課長代理 江口 章輔(えぐち しょうすけ) 38歳
主任 椎名 純平(しいな じゅんぺい) 33歳
主任 坂口 啓二(さかぐち けいじ) 30歳
チーフアシスタント 松下 真樹(まつした まき) 35歳
アシスタント 谷田 亜紀子(たにだ あきこ) 26歳
アシスタント 水元 優香(みずもと ゆうか) 24歳
営業部 部長 田所 譲司(たどころ じょうじ) 50歳
上級シスアド 豊若 越司(とよわか えつし) 38歳
今回登場メンバー
配送センター副センター長 岸谷 小五郎(きしたに こごろう) 41歳
製造部主任 藤木 直哉(ふじき なおや) 33歳
情報システム部主任 福山 雅人(ふくやま まさと) 36歳
総務部新人 深田 祐子(ふかだ ゆうこ) 23歳
配送センター主任 木村 俊哉(きむら としや) 32歳
profile
シスアド達人倶楽部
「シスアド達人倶楽部」は、経済産業省が実施する情報処理技術者試験の1つ、上級システムアドミニストレータ試験の合格者5名で構成される執筆チーム。本連載「目指せ! シスアドの達人」は、シスアドの日常を知り尽くしたメンバーが、シスアドの働く現場をリアルに描くWeb小説だ。
執筆メンバー5名は、上級システムアドミニストレータ試験合格者と試験合格を目指す人々で構成される任意団体:上級システムアドミニストレータ連絡会(JSDG)の正会員。
西野 雅裕
上級システムアドミニストレータ連絡会正会員・外資系製薬会社勤務・薬剤師
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