そして栄転へ?
坂口にとっては、いままでのことや今後のこと、シスアド試験などのことをいろいろ話し合い、大いに勉強になった語らいだった。そして、ほろ酔い気分でちょうど自宅に戻ったころ、脱ぎ捨てた上着の中で携帯電話がブルブルと震え、すぐに取り出してみたものの、電話は切れた。着信履歴に谷田の名前がある。
「どうしたんだろう、いまごろ……」あれこれ思いをめぐらしていると、再び携帯電話が震えた。そして、メールの着信を知らせるメッセージが表示された。
「谷田です。今度のお休み、一緒に映画に行ってくれませんか? (*^_^*)ノ」
天気の良い週初めの昼休み。サンドラフトサポートを訪れた豊若を中心に、メンバーが談笑していた。坂口と椎名が豊若と会った際にセッティングしたお弁当持参のランチ会である。
豊若 「さて前にもいろいろ話したけど、システム構築の本番は、知識だけではスムーズに進まないことはままある。まさに今回の例が実例としてみんなも実感したと思う」
松下 「そうですね」
豊若 「システムをキチンと作っても、それを使う人が影響することもある。だが、そんなことは誰も教えてくれないものだ。まさにOJTの世界だな。そこで今回、みんなのプロジェクトは当所予想した以上の進ちょくを見せた。システム開発もスムーズに進み、導入もうまくいった。みんなが頑張った成果だろう。そして2週間は満足だった。しかし、問題が発生したな」
深田 「少し力、抜けましたぁ……」
坂口 「まぁまぁ、……そこからが腕の見せどころになるんだって、自分たちで気が付かなかっただけだけど」
豊若 「そうだな。今回、原因を調査して、分析した結果はみんなの努力のたまものだ」
坂口 「はい。でも途中で、やらなくなる人が出るとは想定外でした。そして、スコープ(作業が必要な項目をリストアップしていくこと、作業範囲ともいう)との兼ね合いを自分たちの立場で考え過ぎてしまったことが敗因です」
椎名 「坂口リーダー……いいぞ。その次は?」
坂口 「転籍者って、親会社を定年退職した人……」
豊若 「そうだ」
坂口 「ってことは、ITには強くない人が多い」
豊若 「まぁ、これもスコープといえるだろう。だからシステムを作るって簡単なことじゃない。私もオブザーバとして参画したが、その辺りのサポートが足りなかった、と反省している。私自身の勉強にもなったし、これを今後のために生かせるようにすることがまた大切だ。世の中には、コンピュータシステムって名の付くものが星の数ほどあると思うが、その基本、ベースとしなければいけないのは、やはりそれに関係する人だ……。私たちもこれを新たに肝に銘じることにしよう」
全員 「はい!!」
そんな平和なランチを過ごした日の夕方。営業支援システムも先日の問題発生以来、大きなトラブルも発生せず、順調に稼働していた。そのおかげで、プロジェクトチームもいまではのんびりと談笑する時間も持てるようになっていた。
坂口 「ところでさ〜、深田さん。夕べのメールって、どういう意味?」
深田 「パソコン立ち上げると、ウイルスがどうのこうのっていってくるんです」
坂口 「えっ!? ウイルス感染しちゃったの?」
深田 「じゃなくって、ウイルスを防ぐのに……」
福山 「ああ、それね、ウイルス防御ソフト。新しくパソコン買うと最初に出てくるでしょう、それインストールして」
谷田 「深田さん、パソコン買ったの?」
深田 「雅人さんにいいのを選んでもらっちゃいました!!」
坂口 「雅人さん!?」
深田 「あっ、やだっ!! 福山さんに選んでもらいました」
水元 「あー、そういうことかぁ。おめでとー!」
一同 「なぁんだ、そういうことか〜」
深田 「雅人さん、いろいろアドバイスしてくれたの」
福山 「いや、なに、無理やり付き合わされちゃってね〜」
深田 「ええ!? 無理やりだったの!?」
福山 「あー、いえ、あちゃー、自分から進んでです!」
水元 「いいな、みんな幸せで〜」
坂口 「水元さんはどうなの?」
水元 「豊若さん、キチンといってくれないからなぁ」
豊若 「……」
そんなプロジェクトチームの様子を、通りすがりの西田社長はそっと伺い、こうつぶやいた「なかなかのチームになったじゃないか」。坂口のユニークなキャラクタもさることながら、椎名のスキルやそのほかのメンバーの前向きな姿勢。西田社長の個人的な思いは思いとして、自らも影からプロジェクトの行方を見守っていた。これはいまだに誰にも気付かれていない。
こうしてプロジェクトの結成から、試験運用までをそれとなく注視してきた社長も、このころになると本質を理解するようになった。そして以前失敗し、その責任を取った形で退社した豊若の力をあらためて認識したのだった。
そんなサンドラフトサポートでの業務も順調に進んでいたある日、西田社長に辞令が出た。サンドラフトの株主総会を経て決定された、親会社副社長への栄転である。
本社でも業界内における昨今の厳しい競争を真正面から受け止め、新たなグループ全体の業務分担の再編成と効率化が経営目標とされつつある。そこでその陣頭指揮を執る最高指揮官として、西田社長に白羽の矢が立ったのだ。サンドラフトサポートで小さいながらもプロジェクトを完結し、それなりの成果を上げ始めた矢先であったのが、何らかの因縁を感じる。
そして西田は本社に戻り、グループ全体の具体的なプロジェクトを策定し始めた。最も重要なメンバー選定だが、親会社にも数名の初級シスアド保持者はいたが、上級シスアド資格保持者はいなかった。情報システム部員以外、システムに詳しいものがいないことが判明したのである。西田の方針としては、情報システム部とユーザー部門には、それなりのすみ分けを行う予定だった。
そこで、坂口を逆出向させることと、今回はプロジェクトオブザーバではなく、最初から外部コンサルタントとして豊若を使うことをひそかに考え始めたのだった……。
◆次回予告◆
順調な滑り出しを見せた坂口のプロジェクトだが、ついに問題が発生した。そして、原因はやはり人間だった。そして、坂口は新しいシステムの稼働を成功させるにはさまざまな人間の視点に立たなければならないと気付く。また、プロジェクトの成功に合わせて西田社長が本社へ栄転し、改革に着手した。
次回で、いよいよ本連載「目指せ!シスアドの達人」も最終回となります。プロジェクトが本格稼働し、坂口の仕事も一段落したかに見えましたが、本社副社長に就任した西田による改革の波に坂口も飲み込まれてしまいます。また、谷田との関係もついに……。
東京本社・営業1課 メンバー構成
課長 浜崎 雅則(はまざき まさのり) 43歳
課長代理 江口 章輔(えぐち しょうすけ) 38歳
主任 椎名 純平(しいな じゅんぺい) 33歳
主任 坂口 啓二(さかぐち けいじ) 30歳
チーフアシスタント 松下 真樹(まつした まき) 35歳
アシスタント 谷田 亜紀子(たにだ あきこ) 26歳
アシスタント 水元 優香(みずもと ゆうか) 24歳
営業部 部長 田所 譲司(たどころ じょうじ) 50歳
上級シスアド 豊若 越司(とよわか えつし) 38歳
今回登場メンバー
社長 西田 義行(にしだ よしゆき)58歳
配送センター副センター長 岸谷 小五郎(きしたに こごろう)41歳
製造部主任 藤木 直哉(ふじき なおや)33歳
情報システム部主任 福山 雅人(ふくやま まさと)36歳
総務部新人 深田 祐子(ふかだ ゆうこ)23歳
profile
大空 ひろし(おおぞら ひろし)
上級システムアドミニストレータ連絡会正会員。サービス業勤務
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