そして未来へ……
デスク回りや1年間の仕事、そして今回のプロジェクトの引き継ぎやら書類の整理もままならないうちに、親会社に辞令交付のあいさつに行ってきた坂口。いま営業1課に戻ったところだ。
坂口 「ただいま帰りました!」
松下 「ご苦労さま、どうだった? 親会社は」
坂口 「副社長は元気でした。皆さんによろしくって。あっそれと、驚いたことに僕が仙台にいたころ、研修で来た子がいました。向こうから声を掛けてくれなければ、きっと気が付かなかったけど」
松下 「男、女?」
坂口 「女の子」
松下 「かわいい?」
坂口 「もちろん」
松下 「そっか。で、いつから行くの?」
坂口 「月初めから来てくれって」
松下 「そう、もうすぐね」
坂口 「うん、課長に報告してくる。その前に、行きたいところがあるんだけど、今度の日曜いい?」
松下 「えっ、まぁそんなに暇じゃないけど、坂口の頼みなら仕方ないか」
坂口 「じゃ、日曜日にね」
松下 「OK」
異動を前にして、坂口の多忙な毎日が始まった。まず、取引会社へのあいさつを真っ先に行った。1年とはいえ、感慨深いものがあるデスク回り。何といっても、ここでの人との出会いは坂口にとって大きなプラスになった。そしてデスクの回りを整理しながら、自分のここ1年の行動をたどってみた。東京に対するあこがれはそれほどなかったが、仕事方法が仙台より少々遅れていることに対して、かなり疑問を持った。
そしてそれが、松下とのトラブルにもつながった。だが、そのトラブルもプラスの方向で解決することができ、松下とも仲直りできた。さらに、新しい顧客を任されたときのトラブルでは、江口に大きな迷惑を掛けてしまった。だから、プロジェクトチームができたときには、そういったいろいろ迷惑を掛けた人に対して、また陰ながら自分をサポートしてくれる人に応える意味も含めて頑張ったつもりだ。システムは、リリース後にトラブルはあったものの無事解決した。
何とか転勤の準備を終えた週末。秋になると銀杏が歩道を埋め尽くすほどになる外苑。いまは、もう半袖姿もちらほら見える。青山通りに近い、屋外に広いテラスを持つしゃれたお店でランチを取る坂口と松下。いままさに絵画館で見た絵のような風景だ。
松下 「ところで、さ・か・ぐ・ち!!」
坂口 「な、何ですか!? また嫌だな、そのいい方……」
松下 「その後、彼女とはどうした?」
坂口 「まだいってるんですか、そんなこと!」
松下 「興味……あるし」
坂口 「どんな興味?」
松下 「その……坂口の彼女って、どんな人かなって」
坂口 「あははは、どんな人だろうね」
松下 「きっと、優しくて、美人で、おしとやかで……」
……松下をのぞき込む坂口。
松下 「私とは逆……だろうな、きっと」
松下は元カレである椎名をいまでも忘れていなかった。松下がいまだに結婚せず、異性と親しい付き合いさえしないのは、椎名がまだ独身でいるからだ。彼女もまた、過去の恋愛を引きずっていた。椎名が結婚するまで、自分はあきらめられない……。
松下にとって、坂口は異質な存在だった。自分の仕事のやり方に注文したり、それを変えさせようとする人などいままでいなかった。自分の仕事の仕方に自信を持っていた松下は、たとえ上司であっても、きちんと納得できる理由もないままで変更するなど、とても考えられなかった。
ところが坂口はどうだ。転勤早々、仕事に口を出してきた。いままでそんなヤツいなかった。その後トラブルは解決したが、それがもとでプロジェクトが結成され、椎名とも再び話をすることができるようになった。そして、椎名もその環境をまんざらでもなさそうだったのだ。そんなきっかけを作ってくれたのは、坂口だった。
坂口 「実は谷田さんから打ち明けられたんだ。でも、本当は彼女から告白されるなんて思ってもみなかった。雲の上の人だと思っていたから、余計実感がないんだ。だから、自分の自信のなさを理由にしてあいまいな答えをしてしまったんだ」
松下 「そうか」
坂口 「でも、もう少し考えてみる。いまはっきりしていることは、彼女にうやむやな回答をして、悲しい思いをさせてしまったこと。後、彼女は僕にはもったいないってことかな」
松下 「あんたも、相当いかれているね。自分の素晴らしさを分かってないし」
坂口 「そうですか? じゃ、これから彼女にふさわしい男を目指して頑張ります」
松下 「そうよ、頑張れ!! 坂口」
それからしばらくして、坂口は親会社での仕事の合間を縫って時間を作り、しばしばサンドラフトサポートの会議室で、坂口、谷田を中心とした勉強会を開くようになった。
会議室の扉には、坂口が書いた「目指せ!シスアドの達人−勉強会会場−」という張り紙が張られていた。松下が谷田に、坂口の気持ちを話したかどうか坂口は知らない。でも、坂口の目には、日に日にきれいになっていく谷田の横顔が映っていた。
◆あとがき◆
さて、約10カ月にわたってお届けしてきたこの物語も、今回が最終回となります。仕事を通じて成長する坂口の様子はいかがでしたでしょうか? 今後は本社へ栄転し、さらに責任の重い難しい仕事が待っているでしょう。
シスアド達人倶楽部では、坂口の本社での活躍や上級シスアドへ向かっていく姿なども検討しております。お楽しみに。
東京本社・営業1課 メンバー構成
課長 浜崎 雅則(はまざき まさのり) 43歳
課長代理 江口 章輔(えぐち しょうすけ) 38歳
主任 椎名 純平(しいな じゅんぺい) 33歳
主任 坂口 啓二(さかぐち けいじ) 30歳
チーフアシスタント 松下 真樹(まつした まき) 35歳
アシスタント 谷田 亜紀子(たにだ あきこ) 26歳
アシスタント 水元 優香(みずもと ゆうか) 24歳
営業部 部長 田所 譲司(たどころ じょうじ) 50歳
上級シスアド 豊若 越司(とよわか えつし) 38歳
今回登場メンバー
社長 西田 義行(にしだ よしゆき)58歳
配送センター副センター長 岸谷 小五郎(きしたに こごろう)41歳
製造部主任 藤木 直哉(ふじき なおや)33歳
情報システム部主任 福山 雅人(ふくやま まさと)36歳
総務部新人 深田 祐子(ふかだ ゆうこ)23歳
profile
大空 ひろし(おおぞら ひろし)
上級システムアドミニストレータ連絡会正会員。サービス業勤務
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