デジタル化した世界で、人の嗜好はアナログ化する――『東のエデン』に学ぶ、単館上映ビジネス(前編)(5/5 ページ)

» 2010年04月08日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]
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先駆者は『空の境界』

斉藤 映画館では東京テアトルさんが絡んでいますが、アニメに積極的な興行会社ということで、石井さんからお声がけしたのですか?

石井 これはアスミック・エースから提案がありました。(劇場アニメの小規模公開の)一番の先駆者はufotableの近藤光さんがプロデュースした『空の境界』だと思うのですが、私たちも当時驚いた記憶があります。(テレビシリーズを経ずに)いきなり劇場版で、しかも超満員になったと聞きましたので。

 ただ、普通に計算すると、いくらテアトル新宿が超満員になっても、投資の回収は難しいだろうと思っていたのですが、その後波状攻撃のようにDVDが販売されて、結果を出されました。私たちは『空の境界』と、細田守監督の『時をかける少女』(2006年)の成功の上に乗らせていただいたという感じなので、当時それらの作品に関して、分析とまではいきませんが、「自分たちだったらどう攻めるか」という話をした覚えがあります。

斉藤 『空の境界』の成功によって、「劇場アニメをやろう」という声がアニメの現場から挙がるようになりました。余談になりますが、『空の境界』でプロデューサーを務めたアニプレックスの岩上敦宏さんに、「何で劇場公開ということを考えたのですか?」と聞くと、「フォーマットから自由になりたかった」と一番考えたと言うんですね。

 普通のアニメは地上波の深夜枠で作品を流して、それからDVDを発売するというルートをたどるのですが、テレビで放映する以上、30分という放映時間の中でどうしても収めないといけない。そしてまたテレビでは、視聴者の画面サイズが選択できないというところもある。そこから自由になりたかったということです。そして、石井さんと同じように、「成功しても、失敗しても、とにかく劇場版を7本全部やる※」と言っていました。

※『空の境界』は2007年〜2009年にわたって、計7本の劇場アニメが公開された。
『空の境界』公式Webサイト

 『東のエデン』の話に戻りますが、2009年11月28日に公開された劇場版パート1は7スクリーンでスタートしました。そして今、劇場版パート2を公開されましたが、こちらは15スクリーン。このマーケットサイズは石井さんが「このくらいのスケールにしたい」と希望されたのでしょうか?

石井 それはアスミック・エースさんとのお話の中で決まりました。実際の映画館のブッキングは、アスミック・エースの営業担当が決めるのですが、当初から宣伝プロデューサーとは「あまり広げないほうがいいですよね」と話していました。「(好調だった)テレビシリーズの結果にのっかって広げてしまうのは良くないことで、小規模でやって映画館が満員になることが大事だ」ということです。

 ノイタミナ枠のアニメは、最終的にはビデオグラムで投資を回収するというスキームになります。そのため、「お客さんがいっぱい入って成功したんだ」という形を残さないといけないということがあって、最初からかなり絞ってやることにしました。

斉藤 『東のエデン』の前に石井さんがプロデュースされた『スカイ・クロラ』はワーナー・ブラザースが配給で、全国218スクリーンで大きく公開されましたが、僕はその時見ていて「ちょっと広げすぎじゃないか」と考えていたのですが、配給会社によってマーケティングのやり方も違いますよね。

石井 そうですね。ただ、当時の経験は僕の中でも大きかったですね。『スカイ・クロラ』は最終的に52万人に見ていただいたのですが、200スクリーン以上で観客動員数が50万人というのは大成功ではないんですよね。

 僕として思い出深かったのは、初日に新宿や渋谷を回ったら満員で、都心のどの映画館に行っても超満員だったんです。ただ一方で、都心ではこれだけのお客さんに来ていただいているものの、地方が苦戦していて、全体としてはまだまだこれからだという数字が出た時に、「スクリーン数とヒットの関係というのは不思議なもんだなあ」と強烈に思った記憶があります。

斉藤 シネコンでは例えば、新宿バルト9だと、だいたい私たちの基準だとスクリーン数の倍、9スクリーンなので18作品までなら上映しても構わないという話になります。ただ、公開1週目は1日に5〜6回上映しますが、お客さんの入りがあまり良くないと、2週目になると上映回を減らすということを顕著にやるんですね。そういったことも計算に入れながら、シミュレーションされたのでしょうか。

石井 アスミック・エースの数字に緻密な営業の人と宣伝プロデューサーの人が、かなり細かく分析して興行されたということです。

斉藤 劇場版パート2を15スクリーンと、劇場版パート1(7スクリーン)の倍以上のスクリーン数にしたのは、劇場版パート2の方がお客さんが来ると考えたからですか?

石井 これはかなり具体的な理由があって、判断しました。「スクリーン数を倍にして強気だな」とお客さんは思われるかもしれませんが、実際の理由は単純です。大阪のテアトル梅田という映画館は1スクリーンに100人入らないので、劇場版パート1を公開した後の2週間、全回ほぼ立ち見という状態が続いてしまって、お客さんから「見えない」という要望があったんですね。そこで、急遽(きゅうきょ)、12月19日からシネ・リーブル神戸で公開したということがありました。ほかの映画館でもそうだったので、そうしてあふれてしまったお客さんに、ちゃんと見ていただけるスクリーン数にしようということで増やすことにしました。

 また、劇場版パート1の1回目の興行が終わって、地方に公開を広げていったのですが、そうした地方の映画館では劇場版パート1から隙間なく劇場版パート2を見ていただけるだろうということで、15スクリーンでの公開になりました。

斉藤 当初、劇場版パート2は1月公開予定でしたが、それが3月にずれたのは計算していましたか?

石井 これはまったくプロデューサー失格ですけど、計画していなかったことですね。ただ、本当にありがたかったのは、映画館の方に「いいものを作ってください、劇場版パート2をやるはずだった期間には、劇場版パート1をかけさせていただきますよ」と申し出ていただいたことですね。その結果、劇場版パート1のロングランにつながるのですが、これはみなさんの力があってのことなので、何か戦略があってということではありません。

 →後編に続く

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