第7回 秒読み開始となった中国のLTEサービス:山根康宏の中国携帯最新事情
中国のLTEサービスがいよいよ本格化する。年内には100都市以上にエリアが拡大される予定で、中国にも高速通信時代が到来しようとしている。
China Mobile(中国移動)は現在国内15都市でTD-LTEのテストサービスを行っている。2013年末には100都市という具合に、全国へ拡大される予定だ。独自の3G方式の推進に失敗した経験を生かし、TD-LTEは国際規格との協調を図り世界展開も視野に入れている。
2013年内に中国100都市へサービス拡大
欧米とアジアで導入が進むLTEのほとんどが、FDD方式を使っている。FDD-LTEは上りと下りの周波数を分けて通信を行う方式のこと。これに対して中国などが導入を進めているのがTD-LTEだ。TD方式は時間により通信の上り下りを分けて通信するため、周波数の利用効率はFDD方式より優れていると言われている。
中国のTD-LTEは2010年に開催された上海万博で大々的なデモが行われ、FDDではなくTD方式の国内普及を進めることが大きくアピールされた。同年末には上海、広州、杭州、南京、深セン、アモイで技術テストがスタート。2012年5月17日には北京、天津、青島を加えた9都市で商用テストが開始され、一般消費者向けにもサービスが始まっている。China Mobileによると、2013年2月時点でTD-LTEは全国15都市で展開中で、2013年中に全国100都市へエリアを広げるとのことである。
現在商用テストが行われている各都市では、ホームルーターやモバイルルーターなどのデータ端末が提供されている。スマートフォンやタブレット、ノートPCとWi-Fi接続することでTD-LTEネットワークにアクセスできる。また、気軽にLTEを体験できるように、多くの地域で端末価格は2年契約で無料(ただし毎月の料金は必要)とされている。都市によっては固定ブロード回線よりもChina MobileのLTE回線のほうが高速なケースもあり、現時点ではおおむね評価は高いようだ。
すでにTD-LTEの商用サービスを展開している国は、インドや中東など数カ国あり、複数の対応端末が販売されている。ただし現時点ではまだデータ通信端末のみで、スマートフォンの登場はまだこれから。一方、日本ではソフトバンクモバイルがWireless City PlanningのMVNOとしてサービスを提供している「AXGP」が、TD-LTE互換であり、対応するスマートフォンも日本や海外メーカーから複数の製品が販売されている。だが、これらの製品はChina Mobileではそのまま採用できない。
というのも、China Mobileの3Gは中国独自のTD-SCDMA方式を採用しているからだ。ソフトバンクのAXGPスマートフォンはTD-LTE/W-CDMA/GSM対応であるため、China Mobileの3Gには対応していない。China Mobileが販売するLTE端末はTD-LTEに加え、TD-SCDMAとGSMにも対応している。また中国ではデュアルSIMカード利用者が多いことから、TD-LTE/W-CDMA/GSM対応のSIMカードスロットに加え、もう1枚、GSM対応SIMカードスロットを備えたデュアルSIM端末も出てくる予定だ。このデュアルSIM端末は、2回線の同時待受けも可能だ。
国際規格協調も重視、TD-SCDMAの失敗を生かす
China MobileのTD-LTE端末は、ほとんどがFDD-LTEにも対応する。つまり中国以外の国のLTEネットワークでも利用でき、将来的な国際LTEローミングにも対応しているのである。中国のチップセットベンダーも、今後供給する製品はFDDとTDの両方式に対応したものを増やすようだ。China Mobileとしては「5モード、12バンド対応」製品をTD-LTE端末の標準としたい考えのようだ。つまりTD-LTE、FDD-LTE、TD-SCDMA、W-CDMA、GSMの5つの通信モードを搭載し、合計12の周波数帯に対応する製品を今後市場に投入していくことになる。
しかしこれだけ多数の通信方式に当初から対応させる必要があるのだろうか? TD-LTEとTD-SCDMAに対応した端末を先に投入し、FDD-LTEやW-CDMAにも対応したマルチモード端末を順次投入していく方が、中国でより早く4Gサービスの拡大を図れるはずだ。China Mobileと中国政府は、独自規格の3Gの普及で失敗した苦い経験から、国際互換の重要性を十分認識しているのだろう。
3G市場で欧米企業が握るイニシアチブを避け、自らが主導権を握りたい中国は、国際展開も狙ってTD-SCDMAの開発を進めていたが、2008年4月に見切り発車の格好でサービスを開始してしまった。これは2008年の北京オリンピックという、国家を挙げての歴史的イベントへ花を添えるという意味合いもあったのだろう。
だがTD-SCDMAサービスは、ネットワークの安定性、サービスエリア、端末ラインアップのすべてにおいて、当時主力のGSM方式よりも劣っていた。端末はTD-SCDMAとGSM、それぞれ個別に2枚のSIMカードを必要とし、TD-SCDMA加入のためには新しい電話番号を取得する必要もあった。また国産端末の品質も悪く、わざわざTD-SCDMAを利用しようと思うユーザーは増えなかった。そのため、サービスを開始しながらも、China Mobileの営業所内では3G関連のパンフレットが片隅に追いやられホコリをかぶっている状況も珍しくなかった。
2010年ごろからようやくエリアも広がり、端末も実用に耐えうるものが出そろうようになった。最近ではTD-SCDMA対応の1000元スマートフォンも多数出てきたことから、China Mobileの3G加入者も伸びている。しかし国内の状況が好転したことに喜んではいられない。最大のライバル、China Unicom(中国聯通)は海外事業者の中国内3Gローミング先に指定されるようになり、China Mobileから乗り換える事業者も多い。またiPhone 5やGALAXY S IIIなど海外の人気端末もChina Unicomがいち早く国内販売を始めている。さらに、China Mobile利用者が海外に出かけても、端末がW-CDMAに対応しておらず、現地の3G回線を利用できないなど不便を被っているのだ。
TD-SCDMAの国際展開によってビジネス拡大を狙っていた中国のチップセットベンダーや端末メーカーも、中国だけでしか商売できない状況に陥っている。官民上げてTD-SCDMAの普及を試みたものの、現状を見る限り今以上のビジネスの発展は期待しにくいだろう。国内企業の国際競争力をつけるためにも、国際規格とは今後協調していかねばならないのである。
国内の状況に話を戻すと、China Mobileは2012年末時点で加入者8億を超える世界最大の通信事業者。しかし3G加入者数は8793万人と少なく、3G比率は1割程度に過ぎない。これに対しChina Unicomは総加入者2億3931万に対し、W-CDMA方式の3G加入者は7646万人で32%。またChina Telecom(中国電信)は総加入者数1億6000万に対し、CDMA2000 EV-DO方式の3G加入者数は6905万で43%にも上る。
このままでは3G加入者数でChina Mobileが他社に抜かれる可能性も否定できない。かといって無理にTD-LTE方式の展開を急げば、TD-SCDMAの二の舞になる恐れもあるだろう。そのため、China Mobileはサービスエリアを少しずつ広めつつ、端末も実用性のあるものが商用化されてから順次投入するという、慎重な展開を図っているのだ。
4G免許発行はいつになる?
China MobileのTD-LTEサービスは、順調に行けば2013年末には中級以上のほぼ全都市で利用可能となり、端末も海外メーカー製から国産品までハイエンドを含む多数の製品が提供される予定だ。だが現在はテストサービスに過ぎず、中国政府はまだChina Mobileに対して正式に4G免許を交付していない。
それでは正式な4G免許の交付はいつになるのだろうか? 中国ではITUが定めた5月17日の「世界情報及び通信日」を通信関連の重要な日と考えており、W-CDMAサービスの開始も同日だった。そのため、4G免許の交付も5月17日となることが予想される。しかし現実的に、China MobileのTD-LTEサービスは5月時点ではまだスマートフォン向けにはほとんど提供されていないだろうし、サービス都市もあまり増えていないだろう。そのような状況の中で「4G開始」をアピールするのはタイミングが早すぎるようにも思える。
とはいえ、2014年の5月17日では遅すぎる印象も与えてしまう。一方で、China UnicomとChina Telecomへの4G免許交付はどうなるのか、という問題もある。China UnicomはFDD-LTEを導入するとみられている。China Telecomに対しては、TD-SCDMAで孤立した経験を持つChina MobileがTD-LTEを導入するよう働きかけている、ともいわれている。いずれにせよ、各社がどの通信方式を採用するかは、中国政府のさじ加減一つで決まる予定だ。
China Mobileとしては、政府の免許交付とは無関係に今後もサービスエリアを拡大し、端末ラインアップも拡充させていくだろう。多くの国民にとっても「正式開始日」は興味のないものだ。免許の有無は無関係に、2013年はChina MobileのTD-LTEサービスが大きく充実していくだろう。
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