ロンドンで見た世界の最新NFC事情――新技術「HCE」と公共交通機関の進展に注目(2/2 ページ)
これまで遅々として進まなかったNFCの普及がここにきて急速に進みつつある。6月にロンドンで開催された「NFCP Global」での関係者との意見交換や、筆者が過去半年にわたって取材してきたNFCの今を、新技術「HCE」と交通機関のサービスを中心に紹介する。
日本以外でのNFCサービスの広がり
なかなか立ち上がらないNFCベースのサービスだが、海外の事例としては米国でISIS Wallet、シンガポールでStarHubのウォレットサービスがそれぞれ立ち上がったほか、カナダではRogersのウォレットサービスが開始されるなど(→カナダにみるNFCとモバイルペイメントの最新事情――北米は業界トレンドのリーダーになれるか?)、少しずつではあるが進展がみられる。
NFCP GlobalではVodafoneの事例が登場し、欧州でのサービス展開事情が紹介されている。欧州での非接触サービスの広がりは2012年のロンドン五輪がきっかけの1つとなっており、ここで英国を中心に非接触決済に対応したPOSやリーダー端末が都市部に展開されている。一方でポーランドのように比較的以前より非接触通信による決済がメジャーな地域もあり、2013年に筆者がワルシャワとクラクフを取材してきた際には、実際にチェーン店を中心に多くの店で利用できる環境があり、店員らとの話で利用者も比較的多いメジャーな決済手段だということを確認できた。ただしスマートフォンによるタップ&ペイではなく、非接触決済に対応したクレジットカードなどが中心だ。英国のケースでは、本来はロンドン五輪後にスマートフォンユーザー向けにインフラを一般開放する計画だったが、セキュリティ上の理由で大幅に延期されたことが知られている。
当初の予定より出遅れたが、英国ユーザー向けのモバイルウォレットサービスを提供することをVodafoneが予告している。一部ユーザー限定でフルサービスが利用可能な「Vodafone Wallet」が2014年後半にも提供され、スマートフォンを使ってタップ&ペイを始めとする各種サービスが利用可能だ。商店やレストランでの支払いのほか、ロンドン市内を走るバスといった公共交通でも利用が可能となっている。後述するが地下鉄やトラムでの利用はもう少し先のこととなりそうだ。またVodafone Walletに加え、非接触通信に対応しないPOSでの利用を想定したコンパニオンカードとして「Vodafone SmartPass」が提供されるほか、NFC機能を持たないiPhoneユーザー向けに専用ステッカーが用意されるなど、このあたりはNTTドコモのiDカードやau WALLETに近い。


Vodafoneは「Vodafone Wallet」と「Vodafone SmartPass」の2種類のサービスを展開。前者がおサイフケータイに該当するサービスで、後者がNTTドコモのiDカードやKDDIのau WALLETと考えれば分かりやすい交通系サービスでのNFCと事業者の悩み
筆者の主観だが、非接触のICカードを使って公共交通の利用者をさばくシステムとしては、ロンドン交通局(Transport for London:TfL)のものが世界で一番進んでいると考えている。もちろん日本のSuicaを筆頭とする仕組みや香港の八達通も優秀だが、世界中のほかの交通機関がTfLを参考にしてサービス開発を行っている点で特異だ。
TfLの管轄する公共交通で利用できる共通カードの「Oyster」では、通常の料金チャージによる利用だけでなく、クレジットカードをかざしてカード情報から直接料金請求が行われる「オープンループ」の仕組みを採用している。つまり、MasterCardの「PayPass」やVisaの「payWave」といった非接触決済に対応したカードやスマートフォンを持っている利用者であれば、Oysterカードを別途購入して料金チャージを行わなくても、そのまま改札や料金徴収箱を通過して公共交通を利用できる。
ただし現在のところ、TfLでこのオープンループを利用できるのは市内を走るバスのみだ。前述のようにTubeやUndergroudと呼ばれる地下鉄や、地上を走るトラムでは利用できない。現在試験運用中で、すべての交通機関にオープンループが適用されるのは2014年末から2015年以降になるとみられる。
TfLの交通機関では「料金キャップ」という概念が存在する(外部リンク参照)。例えば「ゾーン1〜2」を移動する場合、通常であれば片道2.20ポンドの料金が徴収されるが、この区間で何度か乗り降りを繰り返していると1日あたりオフピーク時料金で7.00ポンド、ピーク時料金で8.40ポンド以上の徴収は行われなくなる(外部リンク参照)。これは7.00ポンドと8.40ポンドでそれぞれ料金キャップが設定されていることによる。通常のOysterカードであれば自動的にこの料金キャップが有効になっているが、オープンループを利用した決済だと料金キャップが適用されないため、無制限に1回の移動ごとに2.20ポンドが引かれていく。詳細はスライドにもあるが、現在は「フェイズ1」の段階で、次に「フェイズ2」の仕組みが導入されてオープンループの全交通機関への適用と料金キャップ設定が行われ、さらに次の「フェイズ3」で「シーズンチケット」と呼ばれる特別割引チケットの利用が可能になるようだ。

NFCと大量の輸送人員を短時間にさばく必要のある都市部の公共交通は相性がいい。TfLではオープンループ時で500ミリ秒、クローズドループ時で250ミリ秒の応答速度をうたっている。なおJR東日本のSuicaは200ミリ秒未満(ケースによっては100ミリ秒以下)(写真=左)。TfLの今後のシステム改良フェーズを示したもの。現在フェーズ1で、フェーズ2がテスト段階にある。フェーズ2が一般開放されると、例えばNTTドコモのiD/PayPass連携サービスを使ってOysterカードなしですべてのロンドンの公共交通を利用できるほか、料金キャップと呼ばれる1日あたりの上限料金サービスが利用できる(写真=右)大量の移動客を短時間にさばく必要のある都市部の公共交通に、NFCの仕組みがなくてはならないのは日本の利用者もうなずくところだが、飛行機での輸送となるとまた別の話のようだ。現在航空券はバーコードを印刷した搭乗券を利用する仕組みが一般的だが、非接触カードを使ってよりスムーズに搭乗する仕組みが、日本の航空会社を中心に導入され始めている。
日本航空のデータによれば、JMB(JAL Mileage Bank)の会員番号の記載された非接触通信対応の会員カードを利用して搭乗する顧客の比率が一番多く、次にバーコードを印刷した紙の搭乗券、残りがスマートフォンなどのモバイル端末を用いてNFCまたはバーコードで搭乗する人だという。つまりマイル会員が一般に利用しているのは会員カードでの搭乗で、次に恐らくはマイル会員ではない一般の利用者、残りがマイル会員だがスマートフォンまたは携帯電話を搭乗に利用する層だ。NFCとは「おサイフケータイ」に対応した端末だが、二次元バーコードを用いているのは「iPhoneユーザー」だと考えられる。
JALによれば、スマートフォンなどの携帯端末利用者の約半数がiPhoneユーザーで、NFCならびにおサイフケータイを利用するユーザーの比率が以前より減少しているという。同様の悩みはほかの航空会社も抱えているようで、例えばスカンジナビア航空(SAS)ではマイル会員のモバイル端末ユーザー比率がiPhoneで80%に達しており、NFC未対応端末のことも考慮しなければいけないと説明している。同社ではマイル会員番号を記したNFC対応の専用ステッカーをiPhoneなどのNFC非対応端末を利用するユーザーに配布し、SASが空港で提供する各種サービスを利用できる仕組みを利用できるようにしているようだ。似たような悩みはほかの航空会社も持っており、バーコードとNFCの両方に対応したゲート認証システムの必要性に迫られている。

スカンジナビア航空(SAS)では、iPhoneなどNFCを搭載しない端末で非接触通信による空港サービスを利用できるようにするため、マイル会員情報を記録した専用ステッカー(SAS Smart Pass)を配布。これにより、チェックインからラウンジ利用、搭乗までをNFCで通過できるまた交通系システムにおける新たな兆候として、Bluetooth Low Energy(BLE)を使ったサービスを取り込もうとする模索が続いている。BLEの代表的な仕組みはAppleの開発した「iBeacon」だが、この位置情報サービスを利用した各種情報提供をユーザーが持つスマートフォンに対して行うというわけだ。iBeaconの利用にはそれぞれのサービスに応じた専用アプリが必要となるが、航空会社のケースでいえばマイル会員はすでに専用アプリを導入しているケースが多く、iBeacon連動のサービスを提供しやすい。航空関連のシステムを開発するSITAでは現在「Beacon Registry」というデータベースを構築して、世界各地の空港に設置されたBeaconモジュールのメタ情報を収集しており、将来的に第三者がこのデータベースを用いてアプリ開発を行えるようにするという。先ほどのTfLもBeaconを用いた情報サービスに興味を示しており、将来的にインフラ改善の中でスマートフォンを使って情報収集から交通機関の乗降まで、すべてをこなせる仕組みの構築を目指している。

航空システムを開発するSITAでは現在、世界中の空港に設置されたBeaconモジュールのデータベースを構築しており、これでサードパーティアプリが位置情報サービスを利用しやすい仕組みの提供を模索しているCopyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
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