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「リベンジポルノ」にもAI 新技術との正しい距離感は? 各国のAI政策と規制のいまよくわかる人工知能の基礎知識(5/5 ページ)

» 2019年07月18日 07時00分 公開
[小林啓倫ITmedia]
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AI規制の現状は? 「リベンジポルノ」にもAI

 前回の記事で触れたように、AIを使った顔認識技術について、米サンフランシスコ市の監理委員会(市議会に相当する組織)は19年5月、市の機関がこの技術を導入する場合に、事前の承認を得ることを義務付ける条例を可決した。顔認識はさまざまな応用ができる技術として期待されているが、プライバシー侵害を引き起こす恐れが非常に高く、その利用に一定の制限をかけようとしている。

 AIに対する規制は、プライバシー保護のような間接的な規制を除けば、まだ前述のようなガイドラインが中心だ。しかしサンフランシスコ市のように、具体的な規制をかける動きも出てきた。

 例えば19年7月、米バージニア州はいわゆる「リベンジポルノ」(元交際相手に嫌がらせをするために、相手の猥褻な画像をネット等に流出させる行為)を取り締まる法律を拡張して、「ディープフェイク」をその対象に加えた。

 ディープフェイクは、機械学習を使って加工された動画や画像だ。アダルト映像の登場人物の顔を別の人物のものとすり替えた動画も登場している。これまでの法律では、自分がその被害者(顔の画像を勝手に使われる)になっても制作者を訴えることはできなかった。バージニア州の法改正は、こうした問題を解決しようとするものだ。

 同じようにディープフェイクを取り締まろうという法案が、米連邦議会にも提出されている。これは米民主党のイベット・クラーク下院議員による法案で、加工を行ったコンテンツを、本物であるかのように公開、シェアすることを禁止する内容だ。

 より大きな枠組みとして、AIの軍事利用の禁止や、botを使ってフェイクニュースを拡散する行為の禁止なども議論されている。こうした具体的な害を個別に防止する法律が、包括的な「AI原則」のような規制に先立って整備されていくだろう。

 一方で規制については、より複雑な構図が生まれつつあることも留意しておくべきだ。例えば中国はAIを使った監視を国内で行っているが、その高度な監視技術を中国企業が他国に輸出しているのではないかと疑う声がある。仮に日本企業が同様のAI技術を完成させ、独裁政権が支配する他国に輸出しようとしたとき、私たちはそれを規制する法律を制定すべきだろうか。

 現状ではおそらく、従来の輸出規制の枠組みで検討される問題になってしまうだろう。前述のバージニア州の事例のように、さまざまな分野における既存の規制について、AI時代に合わせた見直しが求められていくようになるかもしれない。

新しい技術が花開くには・・・・・・

 最後に少し、歴史を振り返ろう。ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷技術の実用化に成功したのは、15世紀中頃のドイツであった。ところがそれを使った出版ビジネスはドイツでは花開かず、その中心はベネチアに移る。ベネチアでは15世紀末にかけて135万部の本が刷られた(当時の欧州全体での発行部数の約15%にあたる)と推定されているそうだ。目次や索引、注記を付けるなど、現代の「本」に近いものを完成させたのもベネチアだった。

 なぜベネチアで出版文化が花開いたのか。その要因として指摘されているのは、本を読む知識層、すなわち消費者の存在と商業活動への理解だ。商業の中心地であったベネチアには、多くの商人や貴族が集まり、思想やビジネス上の自由もある程度保証されていた。彼らをターゲットにした新しいメディアとして、本と出版ビジネスが成長していったのである。一方でベネチアの自由な出版ビジネスは、それまで中心だった宗教関係の書物だけでなく、世俗的・官能的な内容の書物も生み出すこととなった。

 AIの普及と社会への影響も、基礎研究の優劣を超えた要因が複雑に絡み合って、その道筋が形成されていくだろう。技術そのものを推進したり、規制したりといった分かりやすい政策だけでなく、幅広い視野で動向を捉えることを心がけたい。

著者プロフィール:小林啓倫(こばやし あきひと)

経営コンサルタント。1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院地域研究研究科修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米Babson CollegeにてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』(ダン・アッカーマン著、白揚社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP社)など多数。


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