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「アバターの画像ください」と言われてちょっと考えた(4/4 ページ)

» 2022年02月14日 16時20分 公開
[西田宗千佳ITmedia]
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主張する自由と「主張しない」自由

 人はさまざまな生活のステージを持っている。家庭や会社、学校のような現実の場ももちろんそうだが、ネットワークゲームの世界だって、生活の一部を消費するステージである。

 筆者はメタバースを「人工の生活圏が拡大していくこと」と定義している。単純にネットに3D空間ができる、という意味ではなく、現実の空間に重なる形で「ネットからだけ使える生活圏」が生まれたり、ネットと現実をつないだサービスとしての空間が出来上がったりするだろう。その結果として、メタバースが実現するなら、仕事はもちろん、プライベートなものも含め、「生活に使うステージの数」が増えていくのだろうと考えている。

 ここでいうステージとは、いわゆる「TPO(Time、Place、Occasion)」の違いと解釈することもできる。家にいる時と会社にいる時、どこかへお出かけするときで、われわれは服装を変える。これがメタバースになって「ステージの違い」となるなら、場合によってアバターが変わってもいい。同じ顔で装いが違う、というパターンもあれば、姿形や表示される「名前」が違う場合まで、多様性を持たせることが可能になる。

 現在筆者は、仕事関連のものでは「実名」「自分に似せた」アバターを使うが、ゲームも含めたプライベートな場では「仮名」「自分とは似ていない」アバターを使うことが多い。両者を切り分けたいと考えているからなのだが、そうした考え方は珍しいものではないし、今後さらに広まるだろう。

 ただ、こうも思うのだ。

 アイデンティティーは「出したい」時もあれば、そうでない時もある。

 メタバースに作られたライブステージで、アーティストのパフォーマンスを楽しむとしよう。

 そこでは、個性を出して「自分が分かるように着飾りたい」人もいるだろう。一方で、自分は参加者の1人にすぎず、ガチガチに作り込んだアバターでの参加を好まない人もいるはずだ。そろいのTシャツくらいは着たいかもしれないが、シンプルかつ匿名性の高いボディーでいいという人だっているだろう。

 常に個性を求められるのは酷なことだし、疲れてしまう。アバターの入れ替えは現実の身支度よりは楽だが、それでも、「何も主張しない」ことを選ぶ時だってありそうなものだ。

課題が山積する「理想的なアバター」への道

 逆に言えば、自分を主張するときには、どんなサービスであっても自分を出せることが望ましい。メタバースが「生活圏」になるなら、他人に押し付けられたアバターを使うのはちょっと違う、と思う。

 現在は、チャットはチャット、ゲームはゲーム、会議は会議と、それぞれのサービスが分かれて存在している状態だ。この段階はまだ「メタバース」とはいえない。

 アバターのデザインはサービスによって相当違っている。欧米のプラットフォーマーは、比較的穏当な「リアルを多少ディフォルメした」アバターシステムを導入する場合が多い。日本はもう少し「かわいい」に向いたデザインで、テイストが結構違う。一方ゲーム系では、ゲームごとのデザイン差はさらに大きい。

 だが、将来、理想的なメタバースの時代が来るのだとすれば、これらのサービスはつながり、Webのように自由に行き来できる時代がやってくる。

 その時には、自分のアイデンティティーである「アバター」を複数持ち、サービスを横断する形で、まさにステージに応じて切り替えることが求められるだろう。

 メタバースでNFTや仮想通貨が話題になることが多い。筆者はメタバースにとって、それらの要素が「有用ではあるが、現状必須ではない」という立場をとっているが、セットで語られる理由もよく分かる。

 アバターを介した生活が広がり、ステージに応じて使い分けるのが当たり前になるなら、アバターを着飾るアイテムも、アバターがいる空間も、アイデンティティーの1つになる。だとすれば、そこにはアパレルや家具、美術品と同じようなマーケットが成立しうる。

 今だって、アイテム課金制のゲームでは「勝ち負けに関係ないコスメティックなアイテム」に多数の人がお金を投じている。メタバースを経済圏と考え、アイテムの売買が独立して進むなら、NFTや仮想通貨のようなものが有用という考え方もあるだろう。

 ただし、それにはサービスをまたいだアイテムの可用性の実現が優先である。現状では同じ世界でのキャラクターの切り替えにすぎず、「アバターの使い分け」は非常に限定的だ。

 Aというサービスのために作られたデータを別のBというサービスへ「そのまま」持ち込むには課題が多い。共通フォーマットやアセットの移行ツールが必要なだけでなく、サービス自体が「外からのアバターデータ導入」を前提とした作りに変わる必要があるからだ。そして、そうした部分はNFTや仮想通貨に依存するわけではない。

 すなわち、理想的なアバターシステムの構築とは、理想的なメタバースへの必須条件なのだ。VRChatが支持されるのは、アバター活用の姿として、現在最も理想に近いからだと理解している。

 では、それをネット全体に広げるにはどうしたらいいのだろう? 「THE SEED ONLINE」のような先進的な事例はあるが、世界的な流れにするにはどうすべきか、真剣な検討が必要だ。

photo バーチャルキャストの「THE SEED ONLINE」。VRMフォーマットを使い、複数のサービス間でアバターとアイテムを共有する。非常に先進的な発想なのだが、同様の流れを他国はどう見ているのだろうか

 筆者は、意外と「サービスごとのデザインテイストの壁」が大きな課題だと思っている。各社がサービス毎に統一的なデザインを持っている。自由なアバターが入り込むことは「カオスになることを許容する」ということに他ならない。そこでどこまで自由を許諾するのか? それは最終的に、「アバター表現の自由」にもつながる。国や文化の違いについて、どうコンセンサスを構築すればいいのだろうか。

 ここは、筆者にも想像がつかない。

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