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東京都下水道局が「下水道がない世界」を想像? SF作品公開 舞台は2070年 SFが解決する行政課題とはSFプロトタイピングの事例を紹介(3/3 ページ)

» 2022年10月19日 07時30分 公開
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「2050年では近すぎる、2100年では遠すぎる」 2070年の下水道を描き出す

 さて、改めてSFプロトタイピングの取り組み全体を振り返っていきます。スタート時には30人ほどから応募があったといいます。東京地下ラボの第1回、第2回活動と大きく変わる数ではないものの、その時は創作活動の経験がない人でも参加できました。今回は創作経験がある人に限定した募集だったので、そう考えると応募人数は多かったといえる、と守屋さんは振り返りました。

 参加者はもともとSFプロトタイピングに興味があった人もいれば、SFプロトタイピングは知らなかったけれど新しい表現に挑戦したいという人、下水道を勉強する中で「何か面白いことをやっているな」と思って応募した人もいたそうです。

 それでは、お題となる時代を2070年に設定したのはなぜなのでしょうか。「切りのいい50年単位で考えていたのですが、2050年では近すぎる、2100年だと遠すぎる、ということから2070年になりました」(守屋さん)

photo ワークショップの様子。参加者が2070年の時代背景などを考えている

参加者が描いた2070年の姿 下水道の可能性を発掘する発想が多かった

 守屋さんや武笠さんは、参加者が描いた2070年の下水道の姿をどう捉えたのでしょうか。

 「私が意外だと思ったのは、下水道が自立分散型になっていると発想する方が1人ではないことでした。温暖化の影響で海面が上昇し、住める場所が少なくなったことで、現在のように1カ所の水再生センターで広範囲の下水を処理するというよりも、各家庭で下水を処理するといったイメージの方が多かったです」(武笠さん)

 複数のグループが同じアイデアを出したそうです。他にも微生物の質が良くなり、薬で手軽に浄化ができるというアイデアもあったといいます。

 「未来では食料が足りなくなり、各家庭で食料を細胞から作るようになると発想した人もいました。その細胞を育てるに当たり、下水に含まれている養分を利用するという着眼点は、非常にユニークなものでした」(武笠さん)

 これまで出てこなかったような下水道の可能性を発掘する発想が多く、下水を処理するものから、利用するものへと変化させたり、そもそも下水道がなくなるという世界観をイメージしたりする人が多かったそうです。

 「下水道局で働く職員としては、下水道はあり続けて欲しいと思いますが(笑)、下水道が社会に果たす役割を考える際にあえて『もし無くなってしまったら』と想像をしてみることは、面白い発想を生むきっかけになると思います」(守屋さん)

 下水道を知ってもらうためには学習を促すだけではなく、作品として見て面白いと感じてもらうことで一般の人にも認知してもらいやすくなり、いろいろなところで紹介してもらえる可能性が高まります。下水道がない世界の物語のクオリティーが高く、訴求する力が強ければ広報ツールとして使える、と守屋さんは感じたそうです。

SFプロトタイピングは、参加者と下水道局にとって良い取り組みだった

 参加者からは、SFプロトタイピングを通じて下水道の可能性を知ることができた、未来の下水道の姿がいろいろと出てきて面白かった、インフラ事業×SFは意外と熱いジャンルだった、普段自分たちの真下に流れる世界を知らなさすぎてワクワクしたという感想があったといいます。

若い人にアピールするという目的に効果はあったのでしょうか。

 「下水道の未知の可能性を発見できたことは驚きでした。また、こういう新しい取り組みについて取材を受け、そこから情報を発信できたことからも効果があったと言えます」(武笠さん)

 参加者の感想には、コロナ禍で人との交わりがなかった中でワークショップに集まれた、さまざまな活動をされている人が集まったことで刺激を受けた、想像力が鍛えられたといった感想もあったそうです。

 「SFプロトタイピングに挑戦することは、参加者にとっても、下水道局にとっても良い取り組みだったと思います」(守屋さん)

本当に未来の下水道はこうなっているかもしれない

 SFプロトタイピングを通して出来上がった作品はどれもクオリティーが高く、本当に未来の下水道はこうなっているかもしれないと考えさせられ作品ばかりだったと武笠さんは振り返ります。

 「グランプリに選ばれた『Other Sides of The Float-2070年の海上都市と下水道-』を最初に見た時は驚きました。作品の背景となっている2070年の下水道の姿はもちろん、3Dアニメーションで作られた作品のクオリティーが高いと思いました」(武笠さん)

Other Sides of The Float-2070年の海上都市と下水道-のダイジェスト映像

 最後に守屋さんと武笠さんの考える未来の下水道を伺いました。

 「東京の下水道は100年以上の歴史を積み重ねてきて、人々の生活を支えるインフラとして発展してきました。私達はそのインフラを将来にわたり安定して提供し続けることが使命です。もちろん技術革新があってより便利な下水道になっていくかもしれませんが、未来においても必要なインフラとして存在し続けるのではないか、そのために下水道事業をしっかり継続していくことが重要だと思っています」(守屋さん)

 「私も基本的なところは変わらないんじゃないかと思います。ただ、未来においては下水道の基本的な能力に便利な機能が付加されて、進化した下水道になっていくことを願っています」(武笠さん)

 東京地下ラボ by 東京都下水道局の活動は今回を含む全3回で終了しました。東京都下水道局としては、若い世代に対する情報発信が事業を続ける上で重要なテーマだと位置付けているといいます。いまは下水道局で今後の活動や打ち出し方を詰めているところで、これからも若い世代にどう訴えかけていくかを引き続き考えて取り組んできたい、と守屋さんは語りました。

 SFプロトタイピング 左から東京都下水道局の武笠哲也さん、守屋俊克さん

 若者にアピールするコンテンツの制作は企業や行政にとって重要課題です。しかし、一方的な情報発信だけでは興味を示してもらえない場合も多いです。若者に向けたプログラムを開催し、そこに参加してもらい、学びを与える。その手段としてSFプロトタイピングは効果的だといえるでしょう。

 SFプロトタイピングに興味がある、取り組んでみたい、もしくは取り組んでいるという方がいらっしゃいましたら、ITmedia NEWS編集部までご連絡ください。この連載で紹介させていただくかもしれません。

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