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「未来はどうなっていると思う?」 考えるコツ、あります コニカミノルタとSF作家に学ぶ方法論SFプロトタイピングに取り組む方法(3/6 ページ)

» 2023年06月16日 19時00分 公開
[大橋博之ITmedia]

月面で5万年前の遺体が発見されたら――SFで広げる想像力

大橋 続いて、八島さんも自己紹介をお願いします。

八島 2018年にSF短編小説「Final Anchors」で第5回日経「星新一賞」、同じ年に「天駆せよ法勝寺」で第9回創元SF短編賞を受賞して作家デビューしました。今は、天駆せよ法勝寺を長編化するため執筆しているところです。ただ、手のかかる作品なので5年かかった22年に序章を短編「応信せよ尊勝寺」として出せました。

 作家業だけでなく、企業や組織向けにSFプロトタイピングを実施しており、AEONとKDDI主催のプログラムで講座「SFプロトタイピング入門――想像を超えるアイデアを生み出しイノベーションを実現する」の講師を務めました。このプログラムは、SFの基礎から始めてSFプロトタイピングの基本的な手法を学ぶという位置付けです。

photo 作家の八島游舷さん(写真=山本誠)

八島游舷

「天駆せよ法勝寺」で第9回創元SF短編賞受賞。「Final Anchors」で第5回日経「星新一賞」グランプリ受賞。UWCイギリス校で国際バカロレア・ディプロマ取得。筑波大学比較文化学類卒業後、シカゴ大学にて人文学修士。アートナビゲーター。SF作家クラブ会員。(公式サイト


大橋 そもそも八島さんは、SFをどう捉えているのでしょうか。

八島 多くの人は、SFの漫画やアニメ、映画は見たことがあってもSF小説は読んだことないケースがよくあります。SF小説に取っつきにくさを感じている場合もありますが、想像力という観点ではSF映画よりもSF小説のほうが想像力を刺激すると考えています。

 例えば、宇宙服を着た死体が月面で発見され、それが死後5万年を経過していたとしたらどうでしょう。「これは一体なんだろう」という驚きがあり、「何が起こったんだろう」と想像が働きます。これはJ・P・ホーガンの名作「星を継ぐもの」のワンシーンですが、このような驚きで想像力を広げられるのがSFのメリットです。

 そしてSFというジャンルは「非日常」と「科学」という、2つの側面を併せ持っています。未来や宇宙などの非日常を想定して先入観を壊せる一方で、合理的な思考を積み重ねる科学の側面もあります。例えばタイムトラベルは、「時間を超える」という常識ではありえない状況を、科学的な理屈に基づいて説明しようとします。この柔軟さと理性の組み合わせがSFの面白さの一つです。

 そうした「科学的な思考を突き詰めて日常を超えるとどうなるか」という思考実験であると同時に、異星人やAIなど“究極の異文化”を持つ存在とコミュニケーションを試みるという点で、読む側に寛容な多様性を求めるジャンルでもあります。

大橋 SFプロトタイピングについてはいかがでしょうか。

八島 SFプロトタイピングとは、企業や組織の依頼でSF作家などが短編小説を執筆して、新しいビジネスを開拓することです。私が考えるSFプロトタイピングは、「物語としてのSF」に重きを置いています。現在の延長としての未来は誰でも思い付くし、同じような結果にしかなりません。物語としてのSFは、柔軟な発想で論理的な予測を超えた未来を提示します。

 さらにいうと、私が関心を持っているのは、技術がどう進化するかだけでなく、技術と社会や文化がどのように相互に影響するかということです。「将来こんな技術が開発される」とするならば、それは今の価値観ではなく、未来の価値観で考えないといけない。技術が進化すれば価値観は変わります。例えばAIは一般化して日用品になりつつあります。ロボットが日用品になればどうでしょうか。当然それに対する見方は変わります。

 どのように変わっていくかは、特定の文脈を考えていかないと想像するのは難しいものです。そこで「物語」という形を与えることで、文脈がはっきりと見えてくるはずです。例えば量子コンピュータにしても「どのような状況で誰がどのように使うのか」という文脈を具体的に考えて提示することに意味があります。

 SFプロトタイピングで使うバックキャスティングでは、スタート時点からディスラプティブ(非連続的な)な未来をどう想像するかが重要なわけで、予測を積み重ねただけの未来からバックキャスティングしてもあまり意味はない。スタート地点の未来のビジョンをディスラプティブにするには何が必要なのか考えたとき、有効なのがSFの飛躍的なストーリーです。

大橋 八島さんがSFプロトタイピングで成し遂げたいことは何でしょうか。

八島 SFプロトタイピングをしたらすぐにイノベーションや新規のビジネスが実現するわけではありませんが、究極的には製品化を目指したいところです。アイデアが収束する工程ではデザイン思考も使われるでしょう。

 例えば「メタバース」「アバター」という概念は、ニール・スティーヴンスンが1992年に書いたSF小説「スノウ・クラッシュ」からインスパイアされたものです。同作に影響を受けたというイーロン・マスクは、人類の火星到達を目指して再利用可能ロケットなどSF的なアイデアを次々に現実のものとしています。

大橋 そこでの物語の役割はどのようなものだと考えていますか。

八島 SFプロトタイピングは、完結した物語として提示することに意味があります。SF的なモックアップやイラストでも想像力は刺激されますが、それらをつなぎ、コアになる物語が必要になるのではないでしょうか。背景を持った登場人物が特定の状況で目的を持って行動する、物語という形にして初めて見えてくるものがあると思います。物語には、重要な問いを問いかけ、共感を生み、人を動かす力があるのです。

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