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「未来はどうなっていると思う?」 考えるコツ、あります コニカミノルタとSF作家に学ぶ方法論SFプロトタイピングに取り組む方法(4/6 ページ)

» 2023年06月16日 19時00分 公開
[大橋博之ITmedia]

「触媒物語」「地続き物語」で議論 SFプロトタイピングに取り組む2つの方法

八島 SFプロトタイピングには大きく2つの方法があると考えています。第1の方法は「読むワークショップ」による「アイデアの発散」を軸にした方法です。企業が最低限の情報だけを作家に与えてSF短編小説を書くよう依頼します。これを私は「触媒物語」と呼んでいます。そして、完成した触媒物語を批判的に読むワークショップを行い、ディスカッションします。作家と企業があえて最初にコミュニケーションをしないため、物語の状況やガジェットが直接実現する可能性は高くありません。技術的に不正確な点や荒唐無稽な点などツッコミどころがあるでしょう。だからからこそ、参加者はこれまで考えてきた方向とまったく違う発想ができ、面白いアイデアを思い付くことができる。センス・オブ・ワンダー、つまりアハ体験的な新たな気付きを読み手に起こすことができます。

 第2の方法では、「書くワークショップ」による「アイデアの収束」が軸になります。企業参加者と作家が最初にディスカッションするワークショップを行い、参加者からアイデアを出してもらったうえで最終的に作家が一つの物語として書く。あるいは参加者自身が物語を完成させる。これを「地続き物語」と呼んでいます。

 最初からコミュニケーションするので、技術的に正確で実現可能性もそこそこ高い。しかし批評すべき点は指摘しつくすので、物語が完成すると参加者の視点からはそれ以上その物語について話す点はなくなります。それは問題ではなく、議論の過程で参加者自身のアイデアが形になっていくことで、参加者の満足を得ることができます。

 SFプロトタイピングを行うときは、これらの方法のどちらかを選ぶ場合も、組み合わせる場合もあります。

photo (写真=山本誠)

大橋 ありがとうございます。八島さんが目指すSFプロトタイピングのポイントはどこにあるのでしょうか。

八島 SFプロトタイピングで重要なのは、3つの「O(オー)」だと考えています。第1のO「open-mind」は、相手が宇宙人やAIであっても多様性を重視し、価値観の違いを寛容に受け止めるよう想像力を働かせることです。第2のO「open source」は、SFプロトタイピングの成果を社会に還元するため、物語を公開し、広くフィードバックを得ることです。第3のO「on-going」は、継続的に取り組むことです。時代は常に変化しており、その変化に応じて発想を進化させていかなければならないため、一度やったらおしまいではなく、定期的、継続的に取り組むべきです。

大橋 僕も「完結した物語として提示することに意味がある」というのは同感です。アウトプットは何でも良いと考えていましたが、SF小説にこだわる必要もあると最近考えるようになってきました。また、「最低限の情報だけをSF作家に与えてSF小説を書く」のと「ワークショップを通してSF小説を書く」のはどちらも良しあしはあると思います。

未来をどう描く? 実践的なアプローチとは

大橋 ここからは、未来の描き方をテーマにディスカッションしたいと思います。まず、神谷さんはどうお考えですか?

神谷 未来を描くアプローチとして「スペキュラティブデザイン」「トランジションデザイン」「アート思考」などさまざまな手法がありますが、ポイントはいろいろな視点で未来を解釈することだと考えています。

 今の時代は多元性が重要。世の中にある問題は、複雑な状況が絡み合って、単独の問題ではなくなっています。一つの問題を解決すると新たな問題が発生するというのはよくあります。企業が何かをアウトプットしたとき、それはある顧客にとっては良い価値を提供していても、社会全体にするとネガティブなものになっている可能性もある。そうした社会的な視点、地球や環境的な視点も含めて議論する必要があります。

大橋 さまざまな視点で議論するための手法があるということですね。

神谷 カーネギーメロン大学でデザイン研究を行うテリーアーウィン教授を中心に提唱されたトランジションデザインという考え方では、複雑な問題を解決して長期的な未来を作っていくために、1つの点だけでなく、社会や生態系を含むシステム全体を長期的な時間軸で考えるというアプローチがあります。私たちもそういう観点で考えることを意識しています。

 これを踏まえて、先ほど八島さんが「技術が社会や文化と相互に影響する」とおっしゃっていたのは、私もそうだと思っています。技術の使い方を考えるだけだと新たな問題を引き起こしかねません。新しい技術が社会とどうつながって、どのような影響を与えるか、そこまで考えることを大切にしています。

photo (写真=山本誠)

「同性婚カップルが生んだ子ども」 スペキュラティブデザインで生む議論

大橋 その他、八島さんの話で気になった内容はありますか。

神谷 八島さんの話で興味深かったのが、「文章で表現することが重要だ」といわれていたことでした。文章の方が発想が広がるのでしょうか?

八島 映像作品だと細部まで想像し尽くして表現されています。例えば宇宙船を映像化すると、その目的や搭乗員数、形、色、構造、駆動方式、性能などが具体的に決定されています。すでに「見える化」されたものから得られる新たな想像は、振れ幅が限定されることがあります。見える化することで逆に見えなくなるものもある。もちろん、視覚化することで刺激を得て、アイデアが出ることもあります。

神谷 「視覚化することでアイデアをもらうこともある」というのは、スペキュラティブデザインに近いです。この手法では、現状とは違う「ありえるかもしれない未来」の状況を想像して、その状況をビジュアライズする。それにより問いを示して新たな視点を得るもので、視覚的な表現から思考を広げるアプローチと文字表現でのアプローチは共通項が多いと思います。重要なのは、受動的な発想ではなく能動的に発想させること。表現されたもの奥から何を発想するかで、その装置の一つとして文字は有効だと理解しました。

八島 そうです。批判的思考、クリティカルシンキングができるということです。視覚的なものでもできますが、文章だと「こういうことも考えられる」という考える余地が生まれます。そこが文章の面白さであり、魅力だと思います。

神谷 そうですね。批判性は重要だと思います。でないと議論にならない。批判を起点にして議論が発生して、新たな視点や価値が生まれる。そういう関係性が大事だと思います。

 スペキュラティブデザインで有名な日本のアーティスト・長谷川愛さんの作品に「(IM)POSSIBLE BABY」があります。これは、女性同士で同性婚したカップルから生まれた子どもの家族写真という、現状はあり得ない状況ですが、技術的には可能というエビデンスを基に写真として表現した作品です。それを見たとき、私は衝撃を受けました。「こういう可能性もあるんだ」と。写真から「この人たちはどういう生活をしているか」「子どもはこれからどんなふうに社会からみられるだろう」と考えるきっかけとなりました。

 文字なのかビジュアルなのかと分けるのではなく、マルチモーダルな取り組み方として両者を共存させた表現にすることで、いろいろな人と議論できる環境を作るのが良いと私は思います。

photo (写真=山本誠)

「アートだから制約がない」とはならない?

大橋 八島さんはアート思考をどう考えていますか?

八島 アートは定義や目標が設定しづらいものですが、目的志向型のデザインから離れて自由になれるのが、アート思考の意義です。アートでは正解や目的がなくてもいいので発想が解放される。そこでこれまでにない何か新しいものが見えてくることもあります。

神谷 アートだから制約がなくても良いとはならないと思います。アーティストは目的ありきで創作をすることではないという意識があるので、作品の解釈は自由というのが前提になっていると思います。僕の好きな現代美術作家の篠田太郎さんという方が以前「アートは視覚哲学である」と話しており、共感しました。作品を見たときに、そこから思考を広げる。創造性を引き出す機能が、アートの一つの役割だと思っています。

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