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「未来はどうなっていると思う?」 考えるコツ、あります コニカミノルタとSF作家に学ぶ方法論SFプロトタイピングに取り組む方法(5/6 ページ)

» 2023年06月16日 19時00分 公開
[大橋博之ITmedia]

未来の描写は物語で 人々の行動や思考までくみ取れる

大橋 未来を考える時、ペルソナが大事といいながら、そのペルソナは20〜30代みたいに幅が広すぎるとか、年齢や性別、居住地、職業などを設定していても実際はリアリティがない場合もあります。ペルソナを設定したのなら、物語で動かしてみる。するとどのような行動を起こし、どう考えるのかまでつかめると思います。

神谷 そうですね。ストーリーをくみ取るのは大事だと思います。当社のデザイン思考でもストーリーは重要視しています。どう伝えるかという意味合いでも大事ですし、未来のビジョンを作る時にも、未来で人々はどのような生活をしているか描くのはアイデアを発想する上でも重要で、われわれはビジュアルとストーリーボードの形で描くことをやっています。

 八島さんは作家なので文章を書く力があると思うのですが、デザイナーやクリエイターはビジュアルやモノを作ることで目的地に到達するということもあると思います。

八島 作家もデザイナー的な部分は持っています。映像化しないとしても、乗り物や建物は設定を細かく決めておかなければ文章で描写できません。未来なら髪形も服装も変わっているでしょうし、そのベースになる価値観だって変わっている。そうした世界をデザインして、それを文章にしているわけです。

photo (写真=山本誠)

日本人はロジックだけで考え過ぎ だから「未来を描く方法」が必要

大橋 一般の人たちからするとデザインやアートにせよ、SF小説にせよ、「取っ付き難い」「よく分からない」というイメージがあると思います。それをどう解決されているのですか?

神谷 そのようなことはよく議論されることです。確かに拒絶感があるものですが、体験すると意外と受け入れられます。われわれが未来を想像するアプローチでは、必ずワークショップをするようにしています。そのワークショップでは、集まってホワイトボードに付箋を貼るというだけでなく、手を動かして何かを作り、それをいろいろな角度から見る。身体性を踏まえて解釈しています。五感で感じることが重要だと考えています。

八島 取っつきづらさでいうと、日本ではSF小説が原作の実写映画よりも、漫画やアニメ、ゲームの方がはるかに人気です。ただ、受け手に取っての分かりやすさを優先するために、SF的なアイデアの切れ味や新鮮味が弱いことがあります。SFに限らず、スマートフォンに負けて本があまり読まれなくなったのは残念です。

 小説やアートに日頃から親しむには、初等教育から変えなくてはいけません。日本では型にはまったテクニックばかり重視されることがあり、芸事や武道では伝統的に型から入りますが、守破離の「離」に至れないことも多いのかもしれません。STEM教育(科学・技術・工学・芸術・数学)では不十分であり、もしかしたら文学も含めることが必要です。

神谷 教育や教養といえば、最近はビジネスの世界でもリベラルアーツが重要で、経営には美意識が必要だという文脈がありますが、それと同じ話だと思います。仕事となるとロジックだけで目の前にある課題を捉えようとする傾向が日本人には特に多い。個人は音楽に触れたりDIYをしたりと趣味を充実させている。それなのに仕事になるとそこが切れてしまう。本当は同じマインドで物事を捉えて、ロジックだけではなく個人の感覚を通して感じ、考える必要がある。それができないのはおっしゃる通り、基礎教育ができていないことが影響しているかもしれないと私も感じます。

八島 日本人は数学が得意なのに、論理的、抽象的、哲学的な思考が弱いと指摘されますが、関連してソフトウェア的な発想が弱い。ハードウェアやモノ作りにフォーカスしてしまう。これまでは確かに日本の強みでした。しかしデータが主役の時代には、モノ作りだけでなくソフトウェアやアプリケーション、OSが大切です。未来で汎用ロボットのハードウェアを作る会社とそのOSを作る会社のどちらが覇権を握るかというと、後者でしょう。そのOSを作れる人材をなかなか育てられないのが日本だと感じています。もちろん物語もいわばソフトウェアです。

大橋 そのためには、アート思考やSFプロトタイピングを活用して発想を未来に飛ばす訓練が必要だと思います。多くの人は現実に縛られている。現実から未来を考えてしまう。

 遠くの未来に発想を飛ばすため、ターゲットイヤーを2050年ではなくて3000年や1万年にしたからといって飛べるものでもない。年に関係なく飛ばすこと。そのために未来を描く方法が大切だと思います。

photo (写真=山本誠)

「未来を予測する最善の方法は、それを発明すること」

神谷 新しいことをやればいいというわけではないと思います。社会実装することが大事です。科学者のアラン・ケイは「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」といっています。そう考えると正確な未来というのは存在していなくて、われわれが信じられる未来のビジョンを創り、そこに向かっていく。企業なら企業全体でそこに向かって進んでいって、1つでも2つでも事業として実現する。社会実装する。そういうマインドが重要だと思います。

 もう一つ大切なのは、正解はないという考え方もあると思います。多元的デザイン(プルリバーサルデザイン)が数年前から注目されています。現在は、先進諸国の一部の中間層の人たちに向けた価値が世の中の主流になっていますが、そうじゃない。世の中にはいろいろな人種や民族、経済状況の人たちがいて、それぞれの立場によって正解は異なります。一つの答えを求めるのではなく、多元的な答えを用意する必要があると考えると描く未来も一つではなく、複数の可能性を描くことが重要だと考えています。

大橋 SFの世界では、フレドリック・ブラウンの「発狂した宇宙」のような多元宇宙SF、パラレルワールドの考え方は昔からありました。現実がSFに近づいてきた感があります。

八島 多様性を柔軟に取り込めるのもSFの利点ですね。複数の可能性という点では、SFのサブジャンルとしてよく扱われるディストピアや人類滅亡、黙示録的終末がいい例です。パンデミック、ロボットやAIによる支配、環境破壊、核戦争、宇宙人の侵略、ゾンビなどによる人類の滅亡といった極端に暗い未来を提示して、そこから発想をしていくというのは、SFだからこそできることです。

 SFプロトタイピングをする企業としてはディストピアの物語は避けたいかもしれません。しかし、重要なのは有益なアイデアを得ることです。SFを発想に使う意義の一つは根源的な「わくわく感」です。ディストピアであっても極限的な状況には想像力が働き、想像力がかきたてられるのは不健全でも不謹慎でもありません。

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