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“2050年の試作品”を作ったソニーG デザイナーが「SF」活用 想像した未来とは?SFプロトタイピングに取り組む方法(2/4 ページ)

» 2023年07月21日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]

1年先も見えないコロナ禍 「なら30年後の方が想像しやすい」

大橋 ONE DAY, 2050/Sci-Fi Prototypingを行うことになった経緯を教えてください。

大野 私と尾崎さんはデザインリサーチを行っており、デザイントレンドのアニュアルレポート(年次報告書)「DESIGN VISION」を毎年制作しています。レポートを書くためリサーチやインタビューを行うのですが、2020年はパンデミックにより従来の制作方法が難しくなりました。それでも2020年のレポートはオンラインでインタビューを行いなんとか完成させることができましたが、2021年もこの方法で行うのは限界があると思い、違う方法を模索していました。

尾崎 大野さんから新しい方法はないかと相談されたとき、DESIGN VISIONのリサーチ中に知った手法であるSFプロトタイピングが良いのではと考えました。SF作家の樋口恭介さんが登壇したイベント「WIRED Riverside Chat」を見ていたのと、書籍「インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング」(ブライアン・デイビッド・ジョンソン/亜紀書房)も読んでいて「どこかでSFプロトタイピングをやりたい」と考えていたこともあり提案しました。

大野 従来のレポートでは2〜3年先の未来を現在からの延長線上で考えていたのですが、一気に2050年といった先の未来を考えたレポートを作るのが良いのではと思いました。コロナ禍で1年先も分からない。ならば30年後の方が想像しやすいと考えたからです。

 それにかなり前ですが、アメリカのデザインマネジメントアカデミーでSFプロトタイピングを実践した企業の話が出たこともあり、SFプロトタイピングのことは知っていて、それでやってみようと考えました。30年後も現役であろう若手のデザイナーを集めて30年後を考える。そこにSF作家に加わってもらうことにしました。SFプロトタイピングを実際に進めるにあたっては、WIRED Sci-Fiプロトタイピング研究所にご協力いただきました。

SF作家の頭の中は? デザイナーがSF小説の書き方を学ぶ

大橋 どのような基準でデザイナーを選んだのですか?

大野 基本的に挙手制です。10人程度の募集に対して20人弱の応募があり、最終的に16人に絞り込みました。

大橋 プロジェクトは半年かけたのだとか。

松原 ザックリとした流れとしては、(1)まずSF作家の藤井太洋さんからSF小説の書き方を参加したデザイナーにレクチャーしていただきました。(2)次にデザイナーが4人ずつ、4つのテーマ――WELL-BEING、HABITAT、SENSE、LIFEに分かれ、そこに4人の作家が付きました。具体的にはLIFE担当として藤井太洋さん、HABITAT担当として麦原遼さん、SENSE担当として津久井五月さん、WELL-BEING担当として小野美由紀さんにお願いました。(3)そしてワークショップを複数回行い、デザイナー1人につきSF短編小説を2回書きました。この小説は練習なので非公開になっています。みんな小説なんて書いたことはないので、刺激になりました。

大野 このプロジェクトではデザイナーがSF小説の書き方を学ぶと同時に、どのようにしてSF小説が書かれていくのかを作家の頭の中を見せてもらうという意図がありました。

「絶対に参加したほうがいい」 予想外の未来に飛べるSFの力

大橋 プロジェクトは挙手制だったとのことですが、デザイナーの青島さんと松原さんが参加したいと思われたのはどうしてなのですか?

青島 私が携わっている案件は直接的にSFとは関係ありませんが、まだこの世に浸透していない技術を活用した何年も先のライフスタイルにまつわる商品やサービスなどのデザインを求められることが多いです。そのような商品やサービスのデザインの発展に役立つ知識を身に付ける必要があると思っていました。また、単純に募集要項の内容が面白く新鮮さを感じたのも参加の理由です。

松原 私も業務のために、いろいろな手法を学びたいというのがありました。

大橋 積極的に参加されたとはいえSF小説を書いたのはすごいですね。書いてみていかがでしたか?

松原 使う筋肉が違うと思いました。普段のデザイン業務はミクロなことが多いのですが、マクロな想像力を使わないといけない。それは思ったよりも難しいことでした。

青島 今回の小説では、人と人の関係性を細かく書かなければいけません。30年後、自分が描いた登場人物がどのような恋愛をしていて、家族とどのような関り方をしているのかを想像しました。でも、2050年は現代の人が思ってもいなかった常識や発想が広がっているはずで、2050年としてあり得そうな発想をする 。それは松原さんが言うように違う筋肉がいると感じました。大変だったけれど面白かったです。

photo

大橋 未来には飛べましたか?

青島 例えばスマートフォンが誕生してからたった数年でここまで普及・進化することを想像できていた人は多くはなかったかもしれません。過去から現在までの技術の飛躍を振り返り、リサーチャーの協力を得ながら今現在進んでいる技術の研究の存在も知ることで「2050年までにどんな技術がどのように進歩をしているか」という仮説をチームメンバーと丁寧に立てながら未来を想像しました。

松原 私もリサーチャーの未来分析はとても分かりやすいと思いました。過去10年前からあったことを時系列に並べてだんだんと未来に向かって未来年表を作る。最初、30年後と聞いて「それはちょっと」と思いましたが、完成した未来年表を見て「できるかも」と思いました。

photo 制作した未来年表(ソニーグループのWebサイトより

大橋 そうした若いデザイナーからの意見をどう思われました?

尾崎 ワークショップで想像力は膨らんだと思います。これまでわれわれが作ってきたトレンドレポートも未来予想の一種だと思うのですが、SF思考で飛ぶと、フォアキャスティング型のアプローチでは出てこないアイデアが出てきました。デザイナーなりの面白い発想がかなりありました。

大野 実はHABITAT、LIFE、SENSE、WELL-BEINGという4つのテーマの前は、「移動」「お金」「エンタテインメント」「ウェルビーイング」をキーワードにしていました。ところが、ディスカッションや小説を執筆してみると想定とは違ったのが返って来て。例えば、移動は電気自動車を想定していたのに船が出て来た(笑)。それでテーマを変えたという経緯があります。

尾崎 なぜ、移動で船になったのかというと、「未来は気象変動で海面上昇しているので移動は船になる」というのが理由です(笑)。

大橋 「HABITAT, 2050」で描かれている未来ですね。それは正しい発想です(笑)。

photophoto HABITATのテーマで作ったプロトタイプ「Floating Habitat」の展示風景

大橋 期待を裏切るところがSFプロトタイピングの良いところです(笑)。

松原 お金も同様で、未来は、現在私たちが考える「お金」同じ意味合いで捉えていない。

大野 「お金はアバターが稼ぐからいらない」と(笑)。

大橋 SFプロトタイピングの難しさは、現実にとらわれて飛べないことにあるのですが、ソニーグループの皆さんは簡単に飛べる人たちなんだと思いました。

大野 普段からデザインは2〜3年は飛ぶ、ということはやってきました。でも、SF作家とは飛ぶ距離が違うということが分かったことが一番、大きかったと思います。

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