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“2050年の試作品”を作ったソニーG デザイナーが「SF」活用 想像した未来とは?SFプロトタイピングに取り組む方法(3/4 ページ)

» 2023年07月21日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]

未来を描く4つのプロトタイプを展示 デザイナーが考えた姿は?

大橋 ONE DAY, 2050/Sci-Fi Prototypingのプロジェクトでは、4つのデザインプロトタイピングと、4つの「SF短編小説」をアウトプットされましたよね。

4つのテーマとデザインプロトタイプは本記事4ページ目で詳しく紹介しています。

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大野 世の中に見せてフィードバックをもらい、今後の活動に生かしたいということで公開することにしました。

 ただ、作家さんが小説を書いている間にデザインプロトタイピングを作っているので、小説に登場するものを作ったわけではありません。それをやっているともっと時間がかかっていたと思います。小説の世界にあるであろうプロトタイプを作ってみたというところです。

大橋 展示されていたプロトタイプのモックアップにはもっと別のストーリーがあったと言うことですよね。それもとても興味深いです。

青島 ここでは話しきれない背景がいろいろあります(笑)。

大橋  ONE DAY, 2050/Sci-Fi Prototypingのエキシビションは東京と京都で行われました。僕は東京・銀座のエキシビションを最終日のギリギリに駆け込んで見させていただきました。若い人たちが熱心に見ているのが印象的でした。

展示の様子

大野 私くらいの年齢だとAIがストレスや感情の変化を感知してストレスを緩和するとか、人生のデザインを助けてくれると聞いても「データを取られるのは怖いな〜」と拒否反応を示すものですが、若い人は全く拒否反応がない。逆に「今すぐ欲しい」という声がありました。

 特に過去と現在の複合的なデータから、その人のあらゆる可能性を算出し、起こりうる未来の姿を提示してくれるLife Simulatorは「すぐに使いたい」という声がありました。

松原 就活生にそういう声は多かったですね。進路を決める学生さんに刺さったようです。

大野 「いつできるんですか?」と聞かれましたが「まだフィクションであって、事業化の予定はありません」と答えていました(笑)。

photo Life Simulatorの展示風景
Life Simulatorの展示風景

SFを実戦投入 事業戦略やR&Dでの使い方

大橋 今後もSFプロトタイピングは活用していくつもりなのでしょうか?

大野 まだ言えないことも多いのですが、ソニーグループの中でもSFプロトタイピングは反響が多く、「われわれの事業部でもやってみたい」というオファーが多く届くようになりました。実は、社内で事業戦略の検討に使っています。

大橋 すでに取り入れているということですね。

大野  ONE DAY, 2050/Sci-Fi Prototypingはデザイナーの研さんのためのプロジェクトだったのですが、今は事業戦略やR&Dにも活用しています。

大橋 他の企業では実験的な取り組みなのに、既に実践で活用しているというのは先進的ですね。

青島 私が業務の中で手掛けた補聴器のプロジェクトでは、難聴の方の感情や経験を、健常者がその立場になって少しでも理解できるように、SFプロトタイピングの経験を踏まえて「小説を書いてみませんか」とプロジェクトメンバーに提案しました。小説にすることで当事者の立場に立ち、発想が豊かになり、アイデアも広がったと思います。 SFプロトタイピングの手法を活用することで、発想の転換がしやすくなることを改めて感じました。

大橋 デザインは形で見るけれど、物語で考えると人がどう使うかを考えることもできますよね。

青島 よく、アイデアを箇条書きにすることはありますが、それを物語化することで商品やユーザーの細かな背景などまで発想が膨らみやすくなります 。

 SFプロトタイピングは実際のプロジェクトにリアルに展開できる、応用が利くということがよく分かりました。

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松原 今後、具体的な製品化に進む前の、テーマを考えるフェーズで使えると思いました。あと、小説を描けば網羅的に問題点などの洗い出しができます。それまではユーザーを理解するためのユーザージャーニーで、細かいフレームワークに対応しなければいけなかったのですが、小説を書くだけで網羅できて、誰とでも共有できる。絵が描けなくても文章なら書けるので誰でもできます。他の部署ともコミュニケーションしやすいと感じました。

大野 いろいろと使えるとは思っています。例えば官公庁や地方自治体、街づくりとか。ビジネスでなくても。今回は発表する必要があったので明るい未来を描きましたが、最悪のパターンをシミュレーションするのに優れていると思います。最悪の未来にならないようにバックキャスティングするのが本来の使い方だと思いました。ただ、企業が暗い未来を世の中に発信するのは難しい。暗い未来への対応策があれば良いのですが対応策もなしにやるのは無責任ですからね。それでもシリアスな社会課題の解決に使えると思います。

2021年の発想はもう古い 加速度的に変わる現実への向き合い方

尾崎 アニュアルレポートでもバックキャスティングすることが大事で、われわれが想定する未来を年表にして表しています。未来創造型、新規事業型のプロジェクトでは未来年表を参照して発想を膨らませる。「こういう未来になっているから、こういうプロダクトやサービスが必要だよね」と応用できると思います。

 アニュアルレポートやトレンドレポートはさまざまなリサーチ会社が出しています。しかしどれもフォアキャスティング型です。そうなるとパンデミックや戦争は予想できません。

 今回、藤井太洋さんに書いてもらった小説には、ロボットとAIが自律的にクリエイティブな仕事をするシーンが描かれているのですが、それはまさに今、流行っている生成AIに近い世界だと思いますし、想定より早くクリエイティブ領域にAIが入って来ています。現実が加速度的に変化する中、SFプロトタイピングは想定できないことを想定できる。アンエクスペクテド(予測不能)なこともエクスペクト(予測)できるのがすごいと思いました。

大橋 SF小説は未来予想ではないですけどね。

大野 だから、SF作家の発想力はすごいですよね。未来は1つじゃない。いくつもある。いろいろな未来を考えていないと「未来は決まっている」みたいになる。すると、未来予想が当たった、当たっていないとなる。けれど、そういう話ではないですからね。

尾崎 複数の可能性を描き、われわれがどこに向かって行くかを考えることがSFプロトタイピングの目的ですからね。

大野 だから、デザイナーもSF作家的な発想力を持たないと、もう追い付かなくなる。SF作家はさらに先に行かなければいけない。発想力が試される時代になっていると思います。

 新しいアニュアルレポートのDESIGN VISIONでは、ONE DAY, 2050/Sci-Fi Prototypingからバックキャスティングした、2050年までのトレンドをまとめています(非公開)。

photo DESIGN VISIONの冊子

大橋 有名な話で、漫画「宇宙兄弟」は2025年が舞台ですが、連載は2007年のスタートです。すると連載時にはなかったテクノロジーが次々に生まれ、未来を描いているはずなのに現実が追い越してしまっている。そういうこともあります。

大野 その意味では、2021年に行ったONE DAY, 2050/Sci-Fi Prototypingは、もう古いんですよね。2050年でなくてももう10年もするとできているかもしれない。あの時は頑張って飛ばしたと思ったけれど(笑)。

大橋 ありがとうございました。


 ソニーグループが東京・銀座で開催したエキシビションのONE DAY, 2050/Sci-Fi Prototypingは、日本におけるSFプロトタイピングの先駆けでした。ある意味の原点として取材をさせていただきたいと考えたのですが、ソニーグループではその場だけのものではなく、SFプロトタイピングを業務に活用しているというのに驚かされました。多くの企業ではSFプロトタイピングはまだ、実験的なフェーズです。しかし、ソニーグループはその先を走っている。すごいの一言しかありません。今後の動向にも注目したいと考えています。

 SFプロトタイピングに興味がある、取り組んでみたい、もしくは取り組んでいるという方がいらっしゃいましたら、ITmedia NEWS編集部までご連絡ください。SFプロトタイピングを提供すると共に、この連載で紹介させていただきたいと考えています。

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