自分の分身を生み出す、心の中の感じ方を直接理解し合えるコミュニケーション――こんな近未来的な技術をNTTが本気で研究開発しています。
人と技術の関係に迫るあいまいなテーマに向き合うため、頼ったのが「SF」です。2つの技術が普及した社会をSF小説で表現し、未来を精緻に描くことで研究の課題や新たな視点を見つけるチャレンジをしました。
SFで描いた未来を見て気付いたことは何でしょうか。SFをビジネスに活用する「SFプロトタイピング」の事例として、自身もSFプロトタイピングを手掛ける大橋博之さんが取材しました。(ITmedia NEWS編集部)
こんにちは。SFプロトタイパーの大橋博之です。この連載では、僕が取り組んでいる「SFプロトタイピング」について語っていきます。SFプロトタイピングとは、SF的な思考で未来を考え、SF作品を創作するなどして企業のビジネスに活用するメソッドです。
今回は、SFプロトタイピングを実践したNTTの研究開発組織であるNTTデジタルツインコンピューティング研究センタの事例を紹介します。
NTTが2020年に発表した指針「デジタルツインコンピューティング(DTC)構想」内で掲げたグランドチャレンジのテーマに、分身を作る「Another Me」と心の感じ方を直接伝える「感性コミュニケーション」があります。
このテーマの実現までには多数の課題があります。NTTはそれらの課題を発見して優先度を見極めるため、SF的発想を用いて未来を構想し、その未来を起点にバックキャストしていくSFプロトタイピングに着目。NTTの研究する技術がもたらす未来社会とそこに生きる人々を描き、実現への道筋と課題を浮き彫りにするため、SF作家を交えたワークショップなどを重ねてAnother Meと感性コミュニケーションを題材にした物語を描きました。
そして特設ページ「“わたしの拡張 Augmented Self” SFプロトタイピングで描く人とデジタルツインの未来」を公開。SF小説「AM(アナザーミー)のライフサイクル Another pain.」(作・吉上亮)と「未完成感性社会」(作・津久井五月)の2編を掲載しています。
このSFプロトタイピングを企画した、NTTデジタルツインコンピューティング研究センタの深山篤さん(主幹研究員)、高山千尋さん(主任研究員)、北端美紀さん(主任研究員)にお話を伺いました。
大橋 NTTデジタルツインコンピューティング研究センタとはどのような組織なのでしょうか?
深山 われわれは、NTTのDTC構想を推進するための研究を行っており、戦略及び研究計画の策定、技術やサービスのインテグレーションと社会実装の推進、キーテクノロジーの研究開発、学術研究・技術開発・社会実装に向けた外部パートナーとの連携体制の構築をミッションとしています。
その中でわれわれ3人は2つのプロジェクトを進めています。一つが、自分の分身のようなAIエージェントを作るAnother Me。もう一つが、言語や文化などの違いを超えて心の中の捉え方や感じ方を直接的に理解し合える技術である感性コミュニケーションです。
大橋 製品に直結した研究ではなく基礎研究なのでしょうか?
深山 そうです。Another Meと感性コミュニケーションはどちらも単一の技術ではなく、われわれが研究している技術、あるいはさまざまなニーズを組み合わせて将来的に実現するビジョンドリブン型(企業のビジョンを優先する方針)の研究です。
大橋 ありがとうございます。それではみなさんの自己紹介と手掛けている研究の難しさをお教えください。
深山 私はAnother Meを具現化するプロジェクトの責任者を務めています。ビジョンドリブンで、捉えどころがないテーマであることが難しさです。いろいろと思考して魅力的なビジョンを作るのですが、そこに技術を持ってきて、組み合わせ、形にしていかなければいけません。そこのギャップが大きく、とても苦労するところです。
大橋 ギャップとは?
深山 ビジョンを技術に落とし込む際に、どう具体的にするのか? ユースケース、つまりどのように使われるのか? 使われることでどのような価値が生まれるのか? あるいはどのような課題が生じるのか?――こうした点を技術で埋めていかなければなりません。
高山 私は深山の下でAnother Meを研究するメンバーとして、ヒューマンコンピュータインタラクションをテーマに、人とコンピュータがどのようにすれば協調的にうまく連携してタスクを効率的にこなせるのか、新しい発想を生み出せるのか、そのためにコンピュータはどうあるべきか、それを使う人間のルールはどうあるべきか――こうした内容を研究しています。
私もビジョンをかみ砕くところに難しさを感じています。研究者として持っている技術をどう生かせるのか、ビジョンと技術をどうマッチさせるかに頭を悩ませています。人間とコンピュータはどのようなタッチポイントで関わるのか、技術を使っている人間の感情や使い続けることによってどのような想いを抱くのか、人の機微な部分が重要になる中でどうすり合わせて行くのかなどについて想像力を働かせながら研究開発を行っています。
大橋 AIの進歩は早く、恐ろしくなるくらいです。人とコンピュータの関わり方をどうお考えでしょうか?
高山 まさに、われわれはそこを研究テーマとしています。作ろうとしているのは“自分の分身”です。自分と同じ価値観を持ち、自分と同じように判断してくれる。自分の代わりに仕事もしてくれる。しかし、そうしたときに「自分はいらなくなってしまうのではないか」「自分は会社からお払い箱にされる」といった脅威になりかねません。どうすれば良い関係を築いていけるのでしょうか。
Another Meの経験を上手に人間にフィードバックして自分自身も成長し、Another Meという分身も共に成長していくことが必要と考えています。また、対人関係の構築や社会に対して自分の分身を認めてもらうにはどのような機能やルールが必要かも考えています。
北端 私は感性コミュニケーションの研究メンバーです。もともとはヒューマンコンピュータインタラクションや認知科学など、人と技術がどのように関わっていくかという研究が専門です。またIoTや映像伝送の研究開発に関わっていた時期もあります。研究の軸足はずっと人と技術の関わり方です。
私が取り組んでいる感性コミュニケーションの「感性」は捉えどころのないものです。SFプロトタイピングを行う上で、「感性コミュニケーションとは何か?」をメンバーと改めて話し合ってみると、思っていることが少しずつ違っていることも分かりました。
大橋 感情なら怒るとか泣くとか、まだ分かりますが感性となるとよく分かりませんよね。
北端 感性工学の研究では、例えば「ふわっとした柔らかさ」「親しみやすさ」などを取り扱っており、分かりやすいところはあるのですが、「センス」「人の受け取り方」まで深掘りしていくと、1つの単語に収まらないところはあります。
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