自動運転については感情面のハードルもあります。日本人の自動運転に対する感情や価値観がTeslaのFSDに対しどのような反応を示すのかは未知数です。一般論として、日本人はリスク回避傾向が高いといわれています。新しい技術に対しコンサバティブになり、導入に対し懸念を抱きがちです。平たく言うとチャレンジしない傾向にある、ということでしょうか。
自動運転の議論において、リスクゼロ信仰というキーワードも目にします。リスクを極度に恐れ、わずかな可能性でも排除しようとする傾向のことです。人間による運転と自動運転の事故率を一定期間客観的に比較して、自動運転の方が事故率が低ければ、自動運転を導入するに足る理由にはなるかと思うのですが、リスクゼロ信仰はそれすらも許しません。
思い出すのが、2021年の東京五輪・パラリンピックの選手村においてトヨタが遠隔操作のレベル2で運行していた「e-Palette」と、視覚障がいを持つ選手との事故に関するメディアの取り上げ方です。その後の調査で車両の機能や構造に問題はなく、環境や運用に課題があったと判断されたのですが、この事象から、自動運転が関連した事故に対する人々の感情を垣間見ることができました。霞が関が自動運転に対し、責任問題を恐れ及び腰になるもうなずけます。
1人のTeslaユーザーとしては、日本においてもFSDの提供が始まることを願ってはいますが、もし、FSDにより運行されているTesla車が何らかの事故に関係するような事態が起きたときのメディアや人々の反応を想像すると、今からドキドキすることは確かです。
どれだけ、無事故の実績を積み上げても、自動運転がたった一件の事故に関係しただけで、人々の見方は180度変わる可能性もあります。米国においてもFSDに関連した事故が複数件報告されているわけですから。
下の投稿は、FSDで走行中のサイバートラックが前方に障害物等がない状態で突如右により縁石にぶつかってホイールカバーが吹き飛んだ映像です。このとき、もし歩行者がいたらと思うと、日本で過去に起きたトラックのタイヤ脱落事故で死亡者が出たことを思い出し背筋が凍ります。この他にも、サイバートラックが路肩の建造物に突っ込んだ事例も話題になりました。
ちなみに、TeslaのFSDが実現すると、自動車保険はどうなるのでしょうか。「Supervised」というくらいなので、レベル2の範囲であり運転に関する責任は全てドライバーにあります。レベル2の場合、「運行供用者の責任の下、自動車損害賠償責任は現行の枠組みで運用」とあるので、自動車保険の仕組みも大きく変える必要はないのではないかと想像します。
最後にFSDについてのちょっとした疑問を提起し、本稿を締めくくりたいと思います。米国版のModel 3の取扱説明書には、次の様に明記されています。「Full Self-Driving(Supervised)が作動している間は、ステアリング・ホイールから手を離さないようにしてください」と。
しかし、YouTube上のユーザー投稿によるFSD動画などを見ると多くはハンズオフしています。そもそも、FSD実行中は、ステアリング・ホイールが自動でグリグリと回るわけで、とてもではないですが「手を離さない」での運用は無理があります。
ただ、先述のTesla Europe & Middle Eastの公式X動画では、8時20分の位置に手を添えていますが、これをもってして「手を離さない」と解釈していいということなのでしょうか。そういえば、日本の自動運転の実証実験でも、ドライバーは常に8時20分の位置に手を添えています。
FSD運行中は常にこの姿勢が求められるとしたら、これはこれで手が疲れてしまい本末転倒なような気もします。本音と建前なのかどうか分かりませんが、FSDの開始を心待ちにしている極東の1ユーザーとしては、戸惑うばかりです。
著者プロフィール
音楽制作業の傍らライターとしても活動。クラシックジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わる。Pure Sound Dogレコード主宰。ライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブなどから多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」「Alina String Ensemble」などの開発者。音楽趣味はプログレ。Twitter ID: @yamasakiTesla
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