人とロボットの秘密
第6章-3 人の心を微分方程式で書けないか 高西教授の「情動方程式」モデル(1/2 ページ)
人とロボットの秘密
ロボット工学を「究極の人間学」として問い直し、最前線の研究者にインタビューした書籍「人とロボットの秘密」(堀田純司著、講談社)を、連載形式で全文掲載します。
バックナンバー:
第1章-2 「アトムを実現する方法は1つしかない」 第2章-1 マジンガーZが熱い魂を宿すには
第3章-1 子どもはなぜ巨大ロボットが好きなのか ポスト「マジンガーZ」と非記号的知能
第3章-2 「親しみやすい」ロボットとは 記号論理の限界と芸術理論 中田亨博士の試み
第4章-1 「意識は機械で再現できる」 前野教授の「受動意識仮説」
第4章-2 生物がクオリアを獲得した理由 「受動意識仮説」で解く3つの謎
←前回「第6章-2 ロボットが“ものをかむ”には」へ
機械に、芸術を解釈させよう
生命には、生命の原理が存在し、物質世界の秩序では計算することができない「なにか」が存在する。このような自然観を「生気論」と呼ぶ。その歴史は古く、アリストテレスの著書『デ・アニマ』では、神秘的な生命の原理を「プシュケー」と呼んでいた。
一方、すべての結果には原因があり、世界には明確な法則と秩序が存在するという自然観もある。こちらは「機械論」と呼ばれる。
この機械論を生命と自然に適用し、生命から神秘性を取り除いてしまった研究が、17世紀、イギリスの医師、ウイリアム・ハーヴィが発表した「血液循環論」だった。
ハーヴィは多くの動物の生体解剖を行い、徹底的に観察した。その結果、動物の体内では血液が循環しており、心臓はそのポンプであるとの結論に達する。そしてその論文を1628年に発表した。
ハーヴィが現れるまでヨーロッパ世界の人々は、血液があたかも潮の満ち引きのように体内で運動していると考えていたのだが、ハーヴィの研究は、生物はひとつのからくり、非常に精巧な有機機械であるとの生命観を生み出した。
もっともドイツの生物学者、ハンス・ドリーシュのように、20世紀に入ってからも「生命現象には、物理現象とは異なる特性がある」と主張した人もいた。彼はウニの受精卵を切り離す実験から、生命現象には特有の原理があると考えた。
彼はその原理を「エンテレヒー」と呼んだが、もはや現代では、少なくとも生命の動作を機械が再現できるという見方に反対する人は少ないだろう。
しかし、たとえば芸術はどうだろうか。「美しいということ」は機械で再現できるのだろうか。あるいは人間の感情は、再現できるのだろうか。優しさは。共感は。これらを不可能とは言わないまでも?まだSFの領域だ?と考える人も多いのではないだろうか。
だが高西教授の「ロボティックヒューマンサイエンス」は、人間の芸術表現や情動のモデルにまで踏み込んでいくのだ。
** その領分も、とてもおもしろいんですよ。たとえば我々はフルートの奏者の方と共同して、フルートを吹くロボットの研究を行っています。 なぜ、ロボットを使った音楽の研究が可能かというと、西洋の音楽理論は実はすごく科学的で数学的なんですよ。和音の構造が、どの音を中心にしても成立するようになっています。世界中の民族を調べてもこんな音楽理論は存在しない。しかも口頭での伝承ではなくてノーテーション、きちんと記述できる。出発点からして科学性を前提にしています。 **
確かに。考えてみれば西洋では、音楽理論では「複数で歌っているときには、5度(たとえばドとソ)の間隔のまま音が移動してはいけない(平行5度の禁止)」、あるいは演劇理論では「物語は物語の進行にともなって、だんだん情報量は多く、進行は早くならないといけない(漸増漸速の法則)」など、芸術をも定量的に解釈しようとする発想が古くからあった。教授の指摘するように最初から科学性を前提にしていたのである。こうした理論を使えば、演奏の定量的な研究も可能性が見えてくる。
ただ、科学性を土台にしたとしても、音楽では人間個々の"“演奏解釈”が大切だとお感じにならないだろうか。譜面をそのまま、文字どおり“機械的”に演奏したとしても音楽は評価されない。楽譜には音符という記号が書き込まれているが、音符だけでは足りずに「悲しく」とか「楽しく」といった発想記号が記され、楽譜以上の解釈を演奏者に要求する。この人間個々の解釈が音楽では大切である。しかし、教授の研究はこの領域にも踏み込み「演奏の解釈」をもロボットで表現しようとしているのだ。
我々は「演奏の解釈」をもロボットで再現しようと取り組んでいます。芸術というと特殊なようですが、音楽家は、無意識に自分なりに演奏の解釈を自分の中に積み重ねている。歩行も無意識にこなしている。そう考えると、歩行を定量化することも、芸術表現を定量化することも、人間が無意識にこなしている動作を定量化して工学モデルを獲得するという点では一致していますから。
ただやはり、ロボットの演奏に独自の修飾や色づけを盛り込むのは、なかなか難しいのだそうだ。
しかし音楽は音から成り立っている。そしてその音は、工学的な視点でいうと音波の波動である。この分野は、音響工学や信号理論など、非常に完成された学問領域になっている。これらの理論や手法が、ロボットに演奏の解釈を盛り込む上で非常によく使えるのだという。
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