シカゴにあるMotoレストランでは印刷された「すしペーパー」が出る。食べられる折り紙とも呼べそうだ。同店のキヤノンのi560インクジェットプリンタはメニューを印刷するだけでなく、メニューに載っている食べ物自体も印刷する。
料理長のホマル・カンチュ氏はメニューやさまざまな品目をでんぷんでできた食べられる紙に印刷している。通常のCMYK(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラック)インクを使う代わりに、カンチュ氏はカートリッジに食用インクを充填する。言うなればSSSBインクだ。われわれの舌が感じる4つの基本的な味である甘味(sweet)、酸味(sour)、苦味(bitter)、塩味(salty)のインクから成っている。
カンチュ氏はこれら4種類の液体と食べられる紙を組み合わせ、どこにも見られないような料理を作る。「ベークドアラスカ地図」や、のりの代わりにすしの画像を印刷した味付きの紙で巻いた巻きずしといったものだ。
何がこうした奇抜なアイデアのヒントになったのか。「子供のころ紙を食べたことだ」とカンチュ氏。「よくお札を食べていたんだ」。Motoレストランではお望みならお札――本物よりおいしいお札のコピー――も食べられるという。カンチュ氏が初めて挑戦した紙の料理はパン風に味付けした紙で、純アメリカ風のフランクフルトをそれではさんで食べた。それ以来構想を膨らませてきた同氏の今の夢は、高級料理をダウンロードして食べられるようにすることだ。「軍隊ではMRE(携行食)を食べている。衛星通信が使えれば、牛肉のブルゴーニュソース風を楽しんでもらえるようになるはずだ」と同氏。いずれは、4つの食用インクカートリッジを装備したモバイルプリンタさえあれば、兵士は何千種類もの料理の中から好みの一品をダウンロードして印刷できるようになるかもしれない。
カンチュ氏は、想像できる限りのあらゆる味をプリンタで作りたいと考えている。ではアライグマはどうだろうか。ある顧客は試してもらおうと1匹のアライグマをMotoに持ち込んだ。カンチュ氏はアライグマの絵を表面に印刷した料理を出した。同氏は持ち込まれたアライグマを直接参考にして味付けをしたわけではなかった。「丸一日がかりになってしまうから」(同氏)。だが、その料理は鹿肉に近いような味に仕上がった。
カンチュ氏は感覚を操ることを楽しんでいる。同氏は雰囲気を演出した上で、料理の味がどんなものかをテーブルについた客に告げる。「暗示の力がすべてだ」とカンチュ氏。「その効き目は大したものだ。見かけどおりの味ということはないのに、皆信じてしまう」
また、カンチュ氏はレーザープリンタと食べられる感熱紙も使って料理を作っている。トナードラムには何が入っているのだろうか? カンチュ氏は種明かしをしようとしない(トナーに似た食べられるものを印刷していると思われるのだが)。
だが、研究者がインクジェットプリンタで印刷しようと目指しているものは、食べられる紙どころではない。生体組織や移植可能な臓器だ。あるプロジェクトは改造インクジェットプリンタで移植用の皮膚を作ることを目標にしている。クレムソン大学のトーマス・ボーランド助教授とウェイクフォレスト大学医学部の研究者アンソニー・アタラ氏は、「バイオインク」を使ってやけど患者に移植できる皮膚組織を印刷することを目指している。
この方法で生体組織が作れれば、次のステップは臓器の印刷だ。ミズーリ・コロンビア大学の生物物理学者ガボー・フォーガクス氏が率いる研究チームは、その可能性を追求している。同チームの研究では、ゲルの連続層にバイオインクを印刷するプリンタが使われている。同チームは2月16日、医薬品の試験や、さらには移植に適した臓器全体の構築に利用可能な「臓器のモジュール」を作るのに不可欠な細胞の自己組織化に成功したと報告した。
インクジェット技術は極薄の回路基板や大型ディスプレイパネルの製造でも大きな役割を果たす可能性がある。セイコーエプソンはインクジェット技術の応用により、20層の超薄型回路基板の試作や40インチの有機EL(OLED)ディスプレイの開発に成功している。LCDに取って代わる可能性があるこうしたOLEDディスプレイの製造では、プリントヘッドが発光ポリマーインクをガラス基板に印刷する。同社によると、こうしたディスプレイは2007年に製品化される見通しだ。
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