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» 2007年08月28日 00時00分 公開

トップアスリートの祭典:“65億人”を魅了する「世界陸上」の舞台裏

現在開催されている世界陸上2007では、各国のメディアを通じて世界中の人々へ情報を伝えるために、最先端のテクノロジーが活躍している。TV画面には映らない世界陸上の裏側をリポート。

[後藤治,ITmedia]
写真提供:(C)フォート・キシモト

 203の国と地域から、約2000人のトップアスリートたちが一堂に会する、第11回IAAF世界陸上競技選手権大阪大会(以下、世界陸上2007)が8月25日に開幕した。9月2日まで行われる競技のうち、前半部の目玉である「男子100メートル決勝」をTVでご覧になった方も多いだろう。

 国際陸上競技連盟会長であるラミン・ディアック氏によれば、世界陸上2007の模様は190以上の国に配信され、65億人以上がTVで観戦することになるという。もちろん、その地球規模のストリームの源流には、競技結果や選手の情報をリアルタイムに管理するデータベース群と、これらを運営する協賛パートナーの存在がある。ITを駆使して競技運営を裏側から支える、いわば黒子役だ。世界陸上2007の舞台裏で何が行われているのか、大阪市長居陸上競技場を取材した。

8月25日に開幕した第11回IAAF世界陸上競技選手権大阪。世界陸上が日本で開催されるのは16年ぶり。写真提供:(C)フォート・キシモト

華やかな舞台を裏で支える「エプソンコンピュータルーム」

 世界陸上2007で、報道関係者が参照するさまざまな基礎データ配信の中心的な役割を担っているのが、競技場内に設営されたエプソンコンピュータルームだ(エプソンは1997年にアテネで行われた第6回世界陸上選手権からオフィシャルITパートナーとして協賛している)。

 今大会の公式計時を担当する“タイミングチーム”(セイコーホールディングス)が競技場で計測した各種目の結果は、このエプソンコンピュータルームに設置されているリザルトサーバへネットワークを通じて即座に送信される。そして各記録がIAAFの認定を受けた後に、各国のメディアへと配信されていく。

 例えば、TVで競技を観戦していると、スタートラインの前に立つ選手の戦績や、たったいまゴールした選手のタイムがライブ映像に重ねて表示されるが、これらのデータはすべてエプソンコンピュータルームで管理されている。ゴールを駆け抜けていく競技者が徐々にスピードを緩め、立ち止まって電光掲示板を振り返るまでの短い時間に、データの収集から認定、配信までが瞬時に行われているわけだ。

リザルトサーバ、CISサーバ、外部公開用のインターネットサーバなどを設置し、世界各国のメディアに情報を配信するエプソンコンピュータルーム。サーバはすべてUPS(無停電電源装置)を備えるほか、ホットバックアップをサポートし、ネットワーク自体も二重に敷設されている。なお、競技中はコンピュータルームに8人ほどが常駐し、全体では約45人の体制でリザルトサービスを運営している。今回は運営経験の長いエプソン イタリア(Epson Italia S.p.A.)のメンバーが30名ほど参加している(写真=左)。TV画面上に表示するTVグラフィック用のデータ作成なども行っている。見慣れた画面だ(写真=中央)。エプソンコンピュータルームで管理される競技結果は、データ収集後にプリンティングルームでリモート印刷され、プレスルームに紙の資料として届けられる(写真=右)

 データの配信方法は多岐に渡るが、その中でも「CIS」(Commentator Information System)と呼ばれるタッチパネル式のシンクライアント端末が目を引く。このCISは競技場のメインスタンドに設けられた報道向けのコメンテーターブースなどに600台ほどが配備されており、逐次更新されていく各競技の記録を即座に参照できるほか、選手の過去の戦歴やコメントといった情報もワンタッチでCISサーバから呼び出せるようになっている。TV放送を見ていると、コメンテーターが的確に選手を紹介し、かつさまざまな角度から競技を解説していたりするが、それはこのCISの力によるところも大きいだろう。

メインスタンドのコメンテーターブースに設置されたCIS(写真=左)。CISでは競技結果だけでなく、国別のメダル獲得数やイベントリポートといったさまざまな情報が呼び出せる(写真=中央/右)。ちなみに、タッチパネル式のシンクライアント端末を採用する以前は、ブラウン管にデータを流し、チャンネルを変えることで複数の情報を提供していたという

“10000分の1秒”の精度で写真判定を行う「フォトフィニッシュルーム」

 次は実際の計測が行われる現場を紹介しよう。リザルトサーバに送られる計測結果のエントリーポイントは各競技ごとに複数存在するが、トラック競技の計測はすべて、競技会場のスタンド上段にあるセイコーホールディングスのフォトフィニッシュルームで行われている。

 ここに設置された3台のカメラと、トラック内のゴール前にある1台のカメラで構成されるカラースリットビデオシステムによって、ゴールの瞬間が100分の1秒単位の時間軸で表示される仕組みだ。ビデオカメラのシャッタースピードは10000分の1秒。その精度を元に映し出された映像をIAAFの審判員が判定し、公式記録として認定する。

 カメラが複数台用意されている理由は、隣接するレーンの選手が僅差で、片側からの映像では着順を確認できない場合や、機器が故障したときのバックアップのため。また、ネットワークに不具合が発生しても問題がないように、それぞれ独立した別のネットワークに接続されている。トラック競技の計測を一手に引き受ける場所だけあって管理も厳重だ。

フォトフィニッシュルームには、10000分の1秒の精度でタイムを計測できる専用ビデオカメラが設置されている(写真=左)。カメラ背面のインタフェース。計測されたデータはネットワーク経由でサーバに送信される(写真=中央)。ゴール前の映像が100分の1秒単位のスリットで時間軸上に並び、ランナーの胸の位置にカーソルを合わせてタイムを算出。常駐するIAAFの委員によって公式に記録が認定される(写真=右)

トラックのゴール前奧には、反対側からの映像を送るカメラが設置されている。こちらのデータも即座にフォトフィニッシュルームへ送られる(写真=左)。ゴールの手前側にある2つの装置は、暫定的な速報タイムを出すための赤外線センサーだ。トラック競技中のライブ映像に表示されるタイムはここで取得している(画面=中央)。フィールド競技で距離などを計測するデータエントリーポイントは、フィールド内にある。こちらで入力されたデータもネットワーク経由でエプソンコンピュータルームのリザルトサーバへ送られる(画面=右)

そのほかの施設を紹介

 世界200カ国、3500人以上の報道関係者が集まる世界陸上2007大阪大会では、競技場の外にある2階建ての施設がメインメディアセンターとして用意されている。ここにはネットワークが完備され、大会のさまざまな情報を閲覧・収集できるほか、休憩や食事なども行える。また、報道カメラマン向けに、故障したカメラの修理や代替機の貸し出しサービスなどもある。全世界が注目する大会だけあって、各国のプレスが作業を行っているワーキングエリアは国際色が非常に豊かだ。

メインメディアセンターの1階にはプレス向けのワーキングエリアが2つある。海外の報道関係者が非常に多く、自分のほうが海外取材に来たのかと錯覚してしまう(画面=左)。ワーキングエリアには、エプソンコンピュータルームのリザルトサーバからプリンティングルームへリモート印刷された、競技結果やイベントリポートなどが紙の資料として届けられる(画面=中央)。カメラのメンテナンスだけでなく、携帯電話などの貸し出しも行っていた(画面=右)

 長居陸上競技場でアスリートたちが繰り広げる熱いパフォーマンスは、冒頭で挙げたように世界各国へと配信されている。TV画面の中で躍動する肉体がどのくらいの速さで疾走し、どのくらい遠くまで跳躍したのかをほんのわずかなタイムラグで知ることができるのは、競技場に張り巡らされた巨大なインフラのおかげなのだ。

世界陸上を支える巨大なインフラは、競技場のいたるところで見かけるケーブルの束からも想像できる(写真=左)。選手が競技後にインタビューを受けるミックスゾーンはTVでよく見かける場所だが(写真=中央)、狭い通路を挟んだすぐ向かい側も実はこんな状態だったりする(写真=右)。

 以上、普段はあまり報じられない世界陸上の舞台裏を紹介したが、これら“黒子”の存在を念頭に置いて大阪大会の中継を見ると、ただ競技を眺めるのとは別の面白さを発見できるかもしれない。TVで競技結果がなかなか表示されないときは、「フォトフィニッシュルームで審査員がもめているのかもね」なんてことを想像できて、ちょっと楽しい。

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