プロコン史上初の“超ド級”電脳戦、IT維新の志士たちはどう戦ったのか:帰ってきた井上恭輔(2/2 ページ)

» 2010年11月19日 10時00分 公開
[井上恭輔,ITmedia]
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執念と根性が「精神と時の部屋」の扉を開ける

不眠不休で修正したプログラムで敗者復活戦に挑む高専生たち

 プロコンの初日と2日目の間には「精神と時の部屋」が存在することを知る者は少ない。初日には、まともに試合すらできなかった弱いチームが、不眠不休で執念の開発作業を行い、敗者復活戦から奇跡の決勝進出を果たす、ということがしばしばあるのだ。

 プロコン開催中の高専生の多くは「プログラマーズ・ハイ」の状況にある。夜が明けようとも、開発の手をとどめることは決してない。この日、公式練習サーバに残されたログによると、一晩の間に行われた練習試合数は合計3000試合以上にも達した。

 そんな奇跡の復活を遂げたのが石川高専だ。敗者復活戦第5試合、石川は2位の東京174セルに対し354セルで勝利した。聞けば前日まではすべて手動で戦っていたが、まったく歯が立たなかったので徹夜で急きょAIを実装したのだそうだ。恐るべし根性である。

 全体的にどのチームも戦術が高度化し「競技が良く分かっている」という試合展開になった。若さ故かもしれないが、一晩でこの進化と成長は本当に凄いと関心させられた。

神が舞い降りた「奇跡の一戦」

 敗者復活戦、準々決勝、準決勝とトーナメントは順調に進み、ついにファイナルステージである決勝戦がやってきた。幾多の激戦を勝ち抜いて決勝へ駒を進めたのは、ハノイ、長野、近畿大学、群馬、石川、松江の6チーム。前4チームはすべての試合で好成績を抑めた強豪、後2チームは敗者復活戦から奇跡の復活を遂げた。

 静まりかえる会場の中、運命のカウントダウンが始まり、開始が告げられると各チーム一斉にサーバとの通信を始めた。前4チームのAIは完全自動制御であり、操作は開始時にボタンを押すだけだ。一方、あと2チームは人の判断とAIを組み合わせたハイブリッド式。競技者は画面に張り付いた。

 以下は、決勝の興奮をより深く味わってもらえればと思う。

 競技開始とともに各ロボットが水瓶に向かって走り出した。決勝戦のマップは可能な限りすべての対戦要素を含んだスペシャルマップ。広い荒野から迷路まで、さまざまな戦略が試される。

 最初に動いたのはハノイと近畿大学。恐るべきスピードで、効率的にマップを埋めていく。試合ログでは各セルへの配水量は1〜3段。浅く広く陣地を取っていく作戦のようだ。この2チームのAIはいままでの試合でも圧倒的な強さを誇っていた。唯一違ったのはハノイの戦略である。ハノイは壁を囲うようにエリアを拡大していく。

 実はこの競技では、自陣の配水セルで水瓶や壁、未配水セルを囲って閉局面を作った場合、その未確保領域を自分の陣地にできるルールがある。つまり、通常では確保することができない壁や水瓶といったセルを、自分の陣地にできるのだ。

 実は筆者たち競技部門の開発スタッフの中では、決勝戦レベルに達した高度なAI同士の対戦では、通常の配水操作で勝敗が分かれるほどの力の差は出ないと予測していた。勝敗を分けるのは、まさにこの壁の扱いなのである。そして、ハノイはこの壁の重要性に気づいていた。少ない配水量で効率的に陣地を広げていく。

 中盤、戦況が変わり始めた。松江と長野が一気に他チームの領地へ侵攻を開始した。配水を浅く広く行っていた近畿大学は、松江と長野の侵攻を受けてどんどん陣地を奪われていく。決勝はそれまでの試合と違い、試合時間が2分ほど長い。近畿大学のAIは、陣地の奪い合いに関して、耐性が弱かったのかもしれない。

 と、ここでハノイのAIの動きが変わる。それまで陣地拡大に専念していたAIが、他チームへの攻撃を開始したのだ。しかも、松江への一点集中攻撃である。恐らく、AIがバトルモードに切り替わり、その時点で最も点数的に脅威のチームに攻撃を優先させているのだろう。ハノイのAIは恐ろしくレベルが高い。松江、長野、群馬はハノイの侵攻に応戦。その間隙(かんげき)を突いて、石川がマップ右下の壁の集合を自陣で囲い取り込むことに成功。一気に順位が逆転し、石川が上位に食い込んだ。

 残り20秒、盤面はハノイ率いる赤の陣営と、石川が率いる紫の陣営の一騎打ちとなった。一見しただけでは、どちらが優勢なのか分からない。

 ここで衝撃の展開が起こる。何とハノイのロボットが石川の壁陣地をめがけて敵陣を切り裂き、一直線に切り崩しにかかったのだ。もしハノイが、石川の囲っている壁の閉曲線を1セルでも切り崩せば、石川の順位は一気に転落、優勝はハノイで決まる。筆者は身震いが止まらなかった。敵陣の真っただ中を切り裂き、ロボットが作る一筋の赤い閃光が、一直線に石川の砦に向かう。だが、もう時間がない……。勝負の行方は天に預けられた。

画面中央の右下、赤のハノイが紫の石川に切り込んだ瞬間 画面中央の右下、赤のハノイが紫の石川に切り込んだ瞬間

 終了のカウントダウンが始まる。「3、2、1、ここまで!」ハノイのロボットはあと1セル、たった1セルだけ石川に届かなかった。会場の緊張は最高点に達した。

 そして結果発表。競技部門は優勝・文部科学大臣賞に石川高専、準優勝にハノイ国家大学、3位入賞に松江高専という結果になった。石川高専が211セルなのに対し、ハノイ国家大学は210セル、わずか1セルという得点差だ。会場からは大きな歓声がわき上がり、健闘を称えるあふれんばかりの拍手が鳴り響いた。筆者もプロコンに長く参加しているが、これほど極限の試合となった決勝戦は前例がない。まさに奇跡。徹夜の執念と根性で、石川は初優勝の栄光を勝ち取った。

競技部門優勝・文部科学大臣賞に輝いた石川高専チーム 見事、競技部門優勝・文部科学大臣賞に輝いた石川高専チーム

コラム:極限の最終審判

 もし、ハノイが攻撃に切り替わる判断が1秒でも早ければ、試合の結果は変わっていたかもしれない。しかし一方で、あの極限状態にありながら石川は壁の周りを、なんと5段もの配水で囲っており、それをすべて切り崩すのには200フレームの移動量が必要となる。もし、ハノイが与えられた3秒分の命令をすべて石川の切り崩しに使っていたとしたら、有限時間内に処理できるのは180フレームとなり、切り崩しに20フレーム分足りない。その結果、0.3秒の差で石川の勝利となっていただろう。ハノイがそこで領地拡大に転じ、上の空きセルの確保に向かっていればハノイの勝利だった。それほど極限の試合だったのだ。


現代の電脳戦を制した石川高専、それに比肩するハノイ国家大学

 優勝チームの石川高専の開発メンバーは全員3年生という若いチーム。インタビューでは「対戦終了時の手元の簡易計算の結果では、ハノイに1点負けて2位だった。今でも信じられない」と喜びを語ってくれた。どうりで試合終了の瞬間に、競技者全員が悔しい表情をしていたわけだ。

 経路探索にはA*を利用し、水の給水処理などは完全に自動。大まかな配水戦略や攻撃&防御には手動の入力を一部活用したという。人の操作を円滑に進めるため、UIも作りこまれたものとなっていた。プログラムをメインで担当した本多達也さんは情報オリンピックなどにも参加している。「将来はゲームなど、ほかの人にはつくれないプログラムを作れるプログラマーになりたい」と夢を語ってくれた。敗者復生から奇跡の優勝を遂げた、執念と根性の勝利に、心から拍手を送りたい。

ハノイ国家大学チーム 素晴らしいAIを実装し、健闘したハノイ国家大学チーム

 また、惜しくも僅差で2位となったハノイ国家大学だが、彼らの作り上げたAIは恐ろしいほどに優秀だった。何より、あれだけ柔軟に振る舞いを変えながら試合を進め、最後には、一寸のちゅうちょなく石川に切りかかるという挙動を全自動で実現したことは、誰にでもできるようなことではない。全自動AIの中では、間違いなく最も優秀な実装だった。彼らの素晴らしい健闘をたたえたいと思う。

 大盛況のうちに幕を閉じた今年の競技部門だが、早くも高専カンファレンスなどの場を使ってOB戦や社会人&大学生向けのオープン戦を開催する計画なども持ち上がりはじめている。興味のある方は競技部門のオフィシャルサイトなどをチェックしておいてほしい。

 今年も熱い戦いを見せてくれた全国高専プロコン、来年は岩手県一関市で開催の予定である。プロコンは若い才能に触れ、刺激をもらう良い機会である。ぜひあなたも、一度、足を運んでみてはいかがだろうか。素敵な出会いがきっと待っているはずだ。

プロコンを愛する皆さまへITmediaからのお知らせ

井上さんと湯浅さん 井上をはじめプロコンOBが青春のプロコンについて語るプロコンナイトは11月20日開催(Photo by mitaku)

 かつてプロコンの覇者として、そして、今回のプロコンでは競技部門で使用する競技システムの開発に参加し、プロコン史上初のネットワーク・リアルタイム対戦競技誕生に多大な役割を果たした本稿の著者である井上“巫女萌えバイナリアン“恭輔氏。プロコンに惜しみない愛情を注ぐ井上氏は今回の大会後、「第1回 プロコンナイト 〜プロコンの未来を語ろう!〜」の開催を宣言した。今回の競技システムを活用し、プロコンOBや社会人プログラマーを交えたオープン戦も企画されている。残念ながら今回は定員に達してしまったが、これからも継続的なイベント開催や、プロコンOB会の立ち上げ計画などが進行中とのことだ。


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