ドイツはフランクフルトでEuromoldが開催した。前回は筆者がこれまでの取材で知った3D業界の可能性について紹介したが、ここではEuromoldの会場で見た現時点での3D造形技術についてリポートしたい。まずはEuromoldがどんなイベントかの紹介と3Dプリンタ業界の最新の動向についてだ。
本題に入る前に、Euromoldというイベントそのものについても少し触れておこう。Euro-moldの「モールド」は、型や鋳型、またはそうした鋳型に入れてモノを作ることを指す。PCのケースなどに詳しい方は、金型で作成したパーツとパーツのつなぎめに表れる「モールドライン」といった言葉を聞いたことがあるだろう。
Euromoldは、巨大なフランクフルトメッセの3ホールを使った大型イベントだが、2012年で言うところの最も巨大な8番ホールと9番ホールは、3Dプリンタとはあまり縁のない金型メーカーさんや大型の工作機械、産業ロボットなどが展示の中心となっている。
これらの展示も、コンピューターのCAD(Computer Aided Design)と呼ばれるソフトで制作されたデザインを実際の形にするCAM(Computer Aided Manufacturing=コンピュータ支援製造)と呼ばれる製造が行われている。ただ、同じプラスチックで製品を作るにしても、まずは1度、金属をドリルなどで削って金型を用意してから、そこにプラスチックを流し込んだりと手順が多いうえに、高い精度を保つことも難しく、お金や時間が大量にかかっていた。
これに対して3Dプリンタが注目を浴びている理由は、PC上でデザインされた3Dの形状が、ミクロン単位の精度で、そのまま形になってできあがることだ。しかも、従来の金型を用いたものづくりでは、どうしても金型に掘られた外側の形しか作ることができないが、3Dプリンタであれば、製品内部の構造まで1度の“印刷”で作れてしまう。
そこで、最近は金型1つをとっても、まずは3Dプリンタで精密なモデルを作り、そこから金型を製作する、という方法が増えているようだ。 こうしたこともあり、3つあるホールの中でも、最も勢いがあるのは3D造形技術を中心としたホール11だと筆者は思っている。
以下では、このホール11から3Dプリンタ関連の最新情報をまとめていきたい。
それではホール11で、どのような3D造形技術が展示されていたかを早速紹介したいところだが、その前に3Dプリンタに詳しくないほとんどの人に、最近のの動向についてまとめてみたい。
ちょうど3Dプリンタメーカーとしては市場シェア世界2位のObjet(フランス語読みではなく英語読みでオブジェットと発音)のプレスカンファレンスで、同社CEOのデビッド・ライス(David Reis)氏が業界全体の動向を振り返ってくれたので、そこに筆者がブースなどで取材した情報で補足してまとめたい。
ちなみにObjetは、まもなく世界1位のStratasysと合併する予定で、ライス氏は合併後の新生StratasysのCEO、世界最大の3Dプリンタメーカーの頂点に立つことになる人物だ。
元々の計画ではライス氏は、このEuromold展で、新Stratasys社代表としてあいさつをするはずだったが、米政府の外国投資委員会(CFIUS)から「待った」がかかり、合併完了が1〜2カ月先送りとなったという経緯がある(ライス氏は第4四半期が終わる前には合併が完了するものと期待している)。ライス氏は、まず、これまでの3Dプリンタ業界の歩みを振り返った。
同氏によれば、実は3Dプリンタにはすでに20年以上の歴史があり、これまでの3Dプリンタの累計出荷台数は4万2500台ほどで、つい最近までは3Dの機械工作用CAD(コンピューターを使った工業デザイン)のデータを形にするというのが主な使われ方だった。
現在、こうした3D CADの利用者の規模は500万人ほどで、これはまだ平面の設計図を描くための2D CADの利用者とあわせた全1400万CAD利用者の半分以下だ。ただし、最近では2D CADから3D CADへの乗り換えが年間100万人単位で起きており、遠からず3D CADが主流になっていくと予測している。そこへきて3Dプリンタの使い勝手が格段によくなってきたために、こうした3D CAD利用者の間で3Dプリンタを利用する人が急増しているという。
もっとも、3Dプリンタの可能性は製造業だけに限られない。というのも、気がつけばそこかしこに、もっと違った形の3Dコンテンツが溢れ始めているからだ。
例えば、テレビや映画の中に登場する3Dアニメーションのキャラクターや乗り物などの3Dデータ、CTスキャンやMRIなどで取り込まれた医療データ、彫刻作品などすでにほかの方法で作られた物を3Dプリンタで印刷できるようにスキャンした「リバースエンジニアリング」のデータ、無料で配られていたGoogle SketchUpなどの3Dツールで世界中の人々が作った3Dモデルデータ、建築現場の3Dデータなど数をあげ始めるときりがない。
ただ、いろいろある3Dプリンタが活用可能なジャンルの中でも、最近、最も伸びている分野が医療関係で、スキャンをした後、すぐに手術を行う臓器などの実物大モデルが作れるように、CTスキャンやMRIと3Dプリンタをセットにして医療機関に販売する代理店も増えてきているという。Objetのプリンタは、複数の素材を混合して3Dモデル化できることもあり、心臓内のどこに血管が通っているかなどが視認しやすいモデルが製作できるという理由で人気が高い。
医療関係の中でも、最近、特に3Dプリンタの利用人気が急速に伸びているのが歯科医の分野だ。例えば、破損してしまった歯の隙間を埋めるインプラント(人口歯)も3Dプリンタであれば、アゴの中を通っている神経に触れず噛み合わせもいい、その人にピッタリ合うものを、短時間で安価に作り上げることができる。Objetが歯科向けに3Dプリンタを提供し始めたのは今から1年半ほど前だが、現在では同社の顧客の中でも無視できない大きな存在になってきているという。
実際に、この講演の後に会場を回ってみると、Objetだけに限らず、歯科医専用の製品やソリューションを提供している企業は数多く見られた。
これに加えて、Googleが本格的な3Dモデル作成用アプリケーション「SketchUp」などを無償で提供していたこともあり、最近ではインターネットから入手可能な3Dモデルのデータが急増しており、これらを3Dプリンタで形にして使おうというニーズも急速に増えている。ライス氏は、ObjetとStratasysの合併によって、それぞれの会社が独自にやるよりも、こうしたニーズへうまく対応できるようになると語る。
ライス氏がこうした業界ごとのトレンド以外で注目しているのが、ここ18カ月ほどの間に欧米の政府が3Dプリンタに注目し始めたことだ。実際、ライス氏自身も度々、各国の政府機関に呼ばれることが増えたらしい。
米国政府は、中国などの新興市場に流れてしまっていた製造業を再び米国に取り戻すうえで、3Dプリンティングの技術が重要だと考えているという。2012年3月にはバラク・オバマ政権が3Dプリンティングを前提とした次世代の製造業を育成するための研究費用として6000万ドルの予算を投じた。同様に英国でも、ここ数年の間にアジアに職を奪われた製造業者が300万人ほどにふくれあがったことを受け、700万ポンドほどを3Dプリンティングの可能性などの研究費として投じたという。
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