Adobeはクリエイターの働き方をどのように変えるのか林信行が振り返るAdobe MAX(3/3 ページ)

» 2015年10月21日 19時55分 公開
[林信行ITmedia]
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リッチな表現を取り戻そう。まずは文字表現から

 今回のAdobe MAXの基調講演で、日本人なら見逃せないもう1つの発表がある。それはフォント会社、モリサワとの提携だ。


 AdobeのCreative Cloudは、何もPhotoshopやIllustratorという制作アプリケーションをセットにしただけではなく、上述したようなクリエイターが快適に作業をするためのワークフロー環境や共同作業環境、Adobe Stockやクリエイターが作品を発表しあってつながるソーシャルネットワークのBeHanceなど、仕事に使える基盤の充実にも力を入れている。

 そうした基盤サービスの1つに何千種類のフォントが自由に使えるTypeKitというサービスがある。今回そのTypeKitに、定評のあるモリサワの書体20種類が加わることになった。

 モリサワでは、既に年間利用料を支払えば同社の904書体が自由に使える「MORISAWA PASSPORT」というサービスを独自に展開していたが、その中から新聞などで使える書体、ポスターに使える書体など、広範囲な利用をカバーできる20書体をバランス良く選んでAdobe TypeKitに加えた。

 Creative Cloudの月額講読料やその他の方法でTypeKitを契約していれば、この20書体がプレゼンテーションソフトやワープロなど、Adobe以外のアプリ内でも使えるようになる。

 ちなみにTypeKitのフォントは、Webサイトに追加することもできる。Webブラウザで表示できるフォントは、パソコンやスマートフォンのブラウザ設定で指定した数種類だけと思っている人も多いかもしれないが、そんなことはないのだ。

 Adobe StockやTypeKitでの豊富なフォントは、メディアやWebサイトを運営する人間が、きちんと美しい表現をしようという思いを持って優秀なデザイナーやクリエイターに仕事を発注すれば、かつてなく素晴らしい成果を実現するサービスになるはずだ。

 基調講演の後、Adobe MAXに参加していたクリエイターの方と、これをきっかけに日本のメディア、特にWebメディアが、もっと表現の美しさにこだわってくれるようになればうれしいという話をしていた。

 昔、活版印刷の時代には、日本にも美しい文字の文化があった。そこにDTPが登場したことで、出版物の制作は大幅に簡略化され、デザイナーひとりの裁量でできることが格段に増えた。しかし、その一方で、例えば表現できる漢字の数が減ったりと退化した部分もあった。

 DTPが普及したとき、DTPによる退化を嘆く人と、DTPを推し進める人が手を組んで、進化したDTP環境を作ってくれればよかったのだが、OSなどのプラットフォームを自前で持たない日本からはそうしたアクションは出てこなかった。その代わりに2000年のMac OS X発表時、故スティーブ・ジョブズがヒラギノフォントで旧字体や異体字を復活させると発表してから、少なくとも表現できる文字の数だけは取り戻した。

 しかし、その間にブログから始まるソーシャルメディアが普及し、ディスプレイ上で消費される文字の量は増加したものの、それをどんな素敵なレイアウトで楽しむかといった文化や、雑誌のページで文字の美しさに酔いしれるような楽しさはなくなってしまった。

 テクノロジーには2つの側面がある。1つは、それまで高価すぎて一部の企業でしかできなかった「魔法」をより大勢に広げる「大衆化」の側面だ。元々の技術に対して多少インスタント化され質が落ちていることも多いが、それまでは「魔法」としか思えなかったことの一番“おいしい”エッセンスを利用できるだけで喜ぶ人は大勢いる。

 その一方で、テクノロジーはそれまでできなかったような新しい表現を誕生させ、人類をまた一歩前進させる側面を持つ。先進的な技術と才能にあふれたアーティスト(あるいはメーカーも含めた創造者)のかけ合わせによってのみ実現する。ピクサーのクリエイティブディレクターであるジョン・ラセター氏は、これを「アートはテクノロジーをたきつけ、テクノロジーがアートにインスピレーションを与える」と端的に表現した。

 残念なことにメーカーが作るものにしても、メディア表現にしても、日本ではテクノロジーが生み出す前者の側面ばかりが幅をきかせている印象がある。

 「大衆化」「インスタント化」された技術に人々が慣らされ過ぎてしまい、本来は最新テクノロジーとチャレンジし続けるクリエイターを活用することで、もっと人々に感動を与えたり、心を揺さぶったりする表現ができるはずなのに、チープなところで妥協をしてしまうのだ。

 これは今の日本の社会になかなか深く根を下ろしている問題で、そう簡単には方向転換できないかもしれない。しかし、TypeKitの日本語フォントが充実してきたことをきっかけに、まずは文字表現の豊かさだけでも取り戻してほしいと切に願う。美しい日本語表現という文化を後世に継ぐことは我々の使命だと思うからだ。

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