密猟者に立ち向かう技術 カギは「動物ではなく人」の監視

» 2016年09月02日 11時00分 公開

 南アフリカ共和国に本拠地を置くテクノロジー企業、ディメンション・データが、2016年の4月、今までにない密猟者対策プロジェクト「コネクテッド・コンサベーション」を発表した。絶滅危惧種を含めた野生動物が住むエリアを、セキュリティレベルの高い通信ネットワークでくまなく「コネクト(つなぐ)」。ハイテク機器を個々に用いるのでなく、ネットワークに接続することで、生息エリアの包括的な警護を実現した。

絶滅危惧種増加の裏に

 国際自然保護連合がまとめる「レッドリスト」(2016年)には、絶滅のおそれのある野生生物約2万4000種が名を連ねる。生物を危機的状況に追い込んでいるのは、人間の社会経済活動だ。特にインパクトが大きいのは、動植物にとって直接的な脅威となる行為。そのワースト2に挙げられるのが密猟だ。

 「ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)」があっても、高級工芸品の材料や漢方薬として、動物の角や牙といった体の部位に対する需要は衰えず、違法な狩猟が跡を絶たない。国際連合環境計画によれば、その推定取引額は年に500億〜1500億米ドル(約5兆〜15兆円)にも上るという。

日に約3頭の割合で殺されるサイ

 密猟が原因で絶滅の危機にさらされている動物の1つがサイだ。南アフリカ環境省が2016年発表したデータでは、殺されるサイの数は年々増加し、2014年には1215頭と過去最高に。翌年、国内では若干減少したものの、隣国では増え、全アフリカ大陸としてみると過去20年で最悪の記録となった。

 ニシクロサイは2011年に絶滅。「レッドリスト」中のサイ5種のうち、3種が「ごく近い将来において野生での絶滅の危険性が極めて高いもの」と評価されている。密猟に歯止めをかけない限り、サイは2025年までに南アフリカから姿を消すという予想だ。

サイが絶滅するということは、生態系が破綻するということ。人間も生態系の一部である限り、ほかの動植物との共存は不可欠だ(ディメンション・データ提供)

モニターの対象は動物ではなく、人間

 既存の保護方法では、サイ自体をモニターすることに重点が置かれている。鎮静剤を打ち、センサーを角に、マイクロチップを皮膚下に装着するなどした後、自然に放ち、追跡調査を行う。しかし、この処置が大きな負担となり、死んだり、安楽死させられたりするサイが出ている。

 一方、ディメンション・データが試みる「コネクテッド・コンサベーション」では、保護官は動物に指一本触れずに済む。モニターするのは動物ではなく、人間だからだ。同社役員、ブルース・ワトソンさんは、今までモニターの対象が動物で、人間ではなかった理由を「サイをはじめとした野生動物が遠隔地に生息しているため」と分析する。人里から離れているがために、整備できるIT基盤や出入管理は必要最低限にとどまり、セキュリティチェックは機器を使うのでなくスタッフが行い、保護官同士のコミュニケーションも取りにくい。

 遠隔地であるハンディキャップを乗り越えるために、同社は、米国カリフォルニア州サンノゼに本社を置くコンピュータネットワーク機器開発会社、シスコシステムズの協力の下、従来とは違ったアプローチを試みたというわけだ。

24時間体制で出入りを監視

 アフリカでも指折りの規模を誇る鳥獣保護区、クルーガー国立公園。南アフリカ北東端内陸部に広がるこの公園に隣接する、ある禁猟区で「コネクテッド・コンサベーション」は展開されている。第一段階では、Wi-Fiスポットを重要カ所に確立し、安全性、信頼性の高い通信ネットワークを構築。現段階である第二段階完了時には、全域にWi-Fiをいきわたらせる計画だ。

 ゲートの出入り口では、CCTVカメラが1日24時間体制で、出入りする人間、車両を捉えている。映像は保存され、エリア内の管理拠点で分析する。地元の人間にはIDナンバー、旅行者にはパスポートの提示を義務付けるだけでなく、生体認証も導入。指紋をスキャンし、個人認証を行う。対象は、ビジター、出入りの業者はもちろん、スタッフや保護官も含め、エリアに出入りする者全員だ。集めたデータはナショナルデータベースと照らし合わされ、犯罪歴の有無などが確認される。

 地上にはほかにもハイテク機器が備えられている。保護エリアの周囲にはサーマルカメラを設置。カメラが不審人物を探知した場合、保護官は映像を確認の上で、アクションを起こせる。振動センサーも取り付けられている。センサーが異常を感知すると、ネットワークを通して瞬時に警告が発せられる。上空では、カメラを搭載したドローンが監視を行う。不法侵入を未然に防ぐ最善の策がとられているが、それでも侵入を防げなかった場合、武装した保護官がヘリコプターで出動する。

「発砲音が聞こえたら、もうおしまいなんだ」という保護官のコメントに、未然に密猟を防ぐことの大切さを思い知らされる

目標は世界中の動物保護のサポート

 「コネクテッド・コンサベーション」はまだ始まったばかり。しかし、そのエンド・ツー・エンド・ソリューションは、現在、密猟者が保護区に入り込むのを事前に阻止する世界で唯一の方法といわれ、環境保全に携わる人や組織のみならず、地元の人々からも高い関心と大きな期待が寄せられている。ある男性は「サイは古くから私たちと共存してきたアフリカの財産だ。より良い方法で守ることができれば、子孫に財産を引き継げる」と喜び、禁猟区で警備にあたる女性は「サイが生き延びてくれれば、旅行者も絶えることはない。私も仕事を続け、家族を養える」と語る。サイの存在が人間の生活に直結していることがうかがえる。

 「コネクテッド・コンサベーション」はサイの種の保存に役立つのみにとどまらない。アフリカ大陸のほかの動物、インドやアジアのゾウ、トラ、センザンコウといった陸上動物はもちろん、クジラやエイといった海洋生物に至るまで、地球上のいかなる場所にも対応が可能だという。近い将来、これが密猟者の手から野生動物を守るスタンダードな方法になるかもしれない。

ライター

執筆:クローディアー真理、編集:岡徳之(Livit Tokyo)


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