「電力会社の競合はAmazonやAppleになる」、異色の東電ベンチャーが描く電力ビジネスの未来(2/3 ページ)

» 2018年08月01日 07時00分 公開
[陰山遼将スマートジャパン]

――電力のP2P取引プラットフォームの構築において、技術面ではどういったものが必要になるのでしょうか。

妹尾氏 まずは、電力の需要と供給を必ず一致させ、マッチングする技術です。そのためにはしっかりとした需要予測とデータの収集・分析を行い、さらにその結果に基づいて正確に蓄電池などの充放電制御を行わなくてはいけません。

 加えて、誰から誰に、どのくらいの電力を売ったかを記録し、それに沿ってしっかりとお金が支払われる仕組みも必要になる。売買の記録・履歴の管理に関しては、ブロックチェーン(分散型台帳技術)が有用だと考えていますが、あくまでも手段の1つとして捉えています。精度が出なければ、別の方法に切り替えることも十分にありえます。

――現状の法制度では、電力の住宅や個人が電力のP2P取引を行うことは難しいと思います。その辺りについては、どう考えているのでしょうか。

妹尾氏 もちろん、法制度の改革も必要になります。特に問題となるのが小売電気事業者の定義に関する部分と、託送料金の問題です。前者については、ユーザー個人が電力を販売するようになった場合、その人は小売電気事業者として扱うべきなのかという問題があります。

 後者については、現状の託送料金の仕組みだと、遠方の発電所から住宅に電力を届ける場合と、近所の住宅に電力を販売する場合で、同一の料金が課されてしまうという点が課題です。これだと電力のP2P取引はビジネスとして非常に難しい。

 実は電力のP2P取引プラットフォーム開発を手掛けるベンチャー企業を設立するにあたって、東電HD傘下を選んだ理由には、東電側にいればこうした法制度の改革についての意見を聞いてもらいやすいのではないかなという狙いもあります。また、P2P取引プラットフォームの実現に向けては、他社の協力を得たPoC(概念実)が欠かせない。その際に、われわれと組む相手方の企業や組織も、“東電の看板”が合ったほうが乗りやすいのではないかな、と(笑)。

 P2P取引プラットフォームについては、2019年度に自動車メーカーなどと共同で、実際の住宅を使った実証実験を行う予定です。それらの結果をベースに、「こういう風に制度に変われば、この再エネ普及を後押しする仕組みが日本に広がっていく可能性があります」といった提案をできるようにしたいと思っています。法制度の改正も含めると、最短で電力のP2P取引プラットフォームが実現するのは最速で2021年くらいではないかと見ています。

――P2P取引プラットフォームが完成した場合、東電HD内のサービスに統合するのでしょうか。

妹尾氏 われわれのプラットフォームは、現時点でクローズドなものにすることは考えていません。電力会社だけでなく、それ以外の事業者にも参加してもらえるよう、オープンにしていきたい。囲い込まない方がいいと思っています。

「ライバルはAmazonやApple」

――従来のビジネスモデルの場合、電力のP2P取引などが可能になり、需要家側がエネルギーを効率よく利用すればするほど、利益が低くなるのではないかと思います。TRENDEではそうした“もうけ方”の部分について、どのように考えているのでしょうか。

妹尾氏 実はわれわれは電気やモノを売ってもうけようとは考えていません。今後、さらに再生可能エネルギーなどの分散電源が普及すればするほど、発電の限界費用がゼロに近づいていくことになる。その時に、「電気を売って稼ぐ」というビジネスモデルは成り立たない思っています。さらに踏み込んで言えば、「電気を売る」というのは何かのサービスや、他の付加価値を提供するきっかけ、接点という位置付けになっていくと思う。

 では、何が収益になるのかというと、それはデータだと思っています。電力の使用状況といった情報は、生活の情報を反映している、非常に価値の高いデータです。生活や消費行動という観点では、Amazonなどが集めている購買履歴などの情報より精度が高く、ここでしか手に入らない情報といってもいい。

 なので今後、「電気を売る」というビジネスは、電力の提供を通して得られるデータを収集・分析・加工して、新しいビジネスを作っていくモデルに切り替わっていくと考えています。金融業界が「決済サービス」を提供しているように見えて、実はデータビジネスを行っているのと同じですね。まだ具体的なことは言えませんが、ゆくゆくはTRENDEもデータビジネスが収益の中心になっていくでしょう。

――事業を通して得られるデータが武器になるとする場合、ビジネスとしての競合はエネルギー業以外の業種・企業になるとも考えられますね。

妹尾氏 そうですね。電力を売るというビジネスの本質的な競合というのは、実は他の電力会社ではなく、AmazonやApple、Googleのような企業になると考えています。つまり、われわれもデータドリブンな企業でなくてはならない。TRENDEは既に社員の半数以上がエンジニアです。今後も採用の中心はエンジニアになっていくと思います。

――エネルギー業界はドメスティックともいわれますが、Amazonなどの海外企業が参入してくると考えた場合、既に日本国内で事業を展開していることの優位性などは感じますか。

妹尾氏 それは全く感じないですね。電力会社は発送電分離によって、発電・送配電・小売の3つ分かれますよね。その中で、電力の供給を担う送配電部門というのは公共性が高い領域なので、今後の多くの企業がよりフェアに利用できる方向に変わっていくでしょう。こうしてインフラが公平に利用できるようになったところへ、豊富な資金、サービス力、さらにユーザーのさまざまなデータを取れる、持っている企業が参入してくると考えると、非常に怖い。というわけで、国内事業者だから有利、というようなことは全くないと思います。

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