水素キャリアへ期待のアンモニア、東京大学が常温で窒素と水からの合成に成功蓄電・発電機器

東京大学の研究グループが分子触媒を用い、従来手法と比べて高い活性・速度で水素キャリアとしても利用されるアンモニアを合成する手法を開発。生物が体内でアンモニアを合成する際の酵素をまねた触媒を設計したのが特徴で、常温・常圧の反応条件下で窒素ガスと水からアンモニアを作ることに成功したのは世界初という。

» 2019年05月14日 07時00分 公開
[スマートジャパン]

 東京大学は2019年4月、常温・常圧の温和な反応条件下で窒素ガスと水からアンモニアを合成する反応の開発に世界で初めて成功した。モリブデン触媒を用いて、非常に高い活性及び速度でアンモニア合成反応が進行することを発見したもの。今回の研究成果は、持続可能な社会を構築する上で重要な、省エネルギーで二酸化炭素の排出量が少ない次世代型アンモニア合成反応開発の指針となることが期待される。

 窒素はタンパク質や核酸などの生体分子に含まれる、生命にとって必須の元素の一つであるとともに、薬や化学工業製品などさまざまなものに含まれる重要な元素だ。窒素ガスは大気中に約78%と大量に含まれているが、窒素ガスは非常に反応性が乏しく、直接窒素源として利用することができない。そのため窒素ガスを窒素源として利用するためには、まずアンモニアなど利用が容易な含窒素分子に変換した後に、窒素肥料や工業製品の原材料として用いる必要がある。

 現在、アンモニアはハーバー・ボッシュ法と呼ばれる手法により工業的に合成されている。この手法は、鉄系触媒を用いて高温・高圧(400〜600°C、100〜200気圧)の過酷な反応条件で窒素ガスと水素ガスからアンモニアを合成するものである。ここで使用される水素ガスは化石燃料由来であり、その製造に多くのエネルギーを消費している。また、水素ガス製造では、温室効果ガスである二酸化炭素が排出される点からも、持続可能な社会を構築する上で大きな障害となる。そのため、水素ガスに代えて水などの豊富に存在し、安価で安全な水素源を利用して、温和な条件下でアンモニアを合成する次世代型のアンモニア合成方法の開発が望まれている。

 一方で、自然界ではニトロゲナーゼと呼ばれる窒素固定酵素が常温・常圧という温和な反応条件下で、水由来の水素源を利用して窒素ガスをアンモニアへと変換していることが知られている。そのため、ニトロゲナーゼの活性中心を模倣した金属触媒を用い、温和な反応条件下で進行する窒素ガスの変換反応が研究されている。ごく最近になり、モリブデンや鉄触媒を用いた窒素ガスからのアンモニア合成反応の開発がされている。これらの触媒的アンモニア生成反応では、強い還元力を持つKC8や高価なコバルト化合物を還元剤として、高い酸性度を持つエーテル、アミン、ホスフィンなど有機物の共役酸をプロトン源として利用する必要があった。実用性を見据えると、豊富に存在し、安価で安全な水などを反応試薬として利用する触媒的アンモニア生成反応の実現が求められていた。

 今回、研究グループは、有機合成化学反応で広く用いられているヨウ化サマリウム(SmI2)を還元剤として、アルコールや水をプロトン源として組み合わせた場合に、常温・常圧という温和な反応条件下、これまで開発してきたモリブデン錯体を分子触媒として利用すると、極めて速やかに触媒的アンモニア生成反応が進行することを発見した。この反応では従来に比べ10倍の活性を示す触媒1分子当り4000分子以上のアンモニア合成を達成した。さらに、アンモニアの合成速度も1分間に触媒1分子当り120分子のアンモニアと従来の反応系の100倍程度を達成した。このアンモニア合成速度は窒素固定酵素であるニトロゲナーゼに匹敵するものである。

窒素ガスと水を用いたアンモニア合成 出典:東京大学

 これらは、常温・常圧で進行する触媒的アンモニア合成における、現在の世界最高値であるという。触媒的アンモニア合成反応での触媒活性種である窒素錯体などの低原子価遷移金属錯体はアルコールや水と容易に反応して、金属−酸素二重結合(M=O)を有する対応するオキソ錯体が生成することが知られている。この生成したオキソ錯体から元の触媒活性種である窒素錯体への再生は難しく、窒素錯体とアルコールや水との組み合わせを触媒的アンモニア合成反応に利用することは極めて困難であった。研究グループが開発に成功したヨウ化サマリウムを用いた反応系では、酸素親和性が高いサマリウム種が触媒活性種のオキソ化を抑制する役割を担っているものと思われる。

 詳細な反応機構の解明にはまだ成功していないが、単独では還元力が低いヨウ化サマリウムと酸性度が低いアルコールや水とを組み合わせた場合にのみ特異的に触媒反応が速やかに進行することから、プロトン共役電子移動(PCET)という反応機構が同触媒反応に関与して重要な役割を果たしていると考えている。また、モリブデン錯体やヨウ化サマリウムがアルコールや水と反応して生成するサマリウム錯体の化学量論反応や反応速度論の結果からは研究グループが開発に成功した窒素—窒素三重結合の切断反応を経由して進行する反応機構で進行していることが示唆されている。

 同研究では常温・常圧という温和な反応条件下で、水素源として水を利用してアンモニアを合成した。これらの研究成果は省エネルギーで二酸化炭素の排出量が少ない持続可能な次世代型のアンモニア合成を達成し、環境的にもクリーンな「アンモニア社会」の実現を推し進める上で重要な知見であるとしている。

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