コラム
» 2008年04月30日 23時29分 UPDATE

“ウィルコムのWiMAX”とモバイルWiMAXの違い

先日、ある通信事業者幹部と話していたときに、会話の中で“ウィルコムのWiMAX”という表現が出てきた。それは単なる言い間違いではなく、非常に示唆に富んだ表現だ。次世代高速無線通信の行方を占う上でも、興味深い発言といえる。

[西村賢,@IT]

 「都市部で高いスループットが出るのはウィルコムのWiMAXだけですよ」。先日、雑談中に耳にしたある通信事業者幹部の言葉に驚いた。驚いた理由は2つある。1つは、次世代の高速無線通信方式として競合となるモバイルWiMAXが、宣伝されているほど都市部ではスループットが出ないだろうと指摘したこと。もう1つは、“ウィルコムの次世代PHS”ではなく“ウィルコムのWiMAX”という言葉を使ったことだ。

 “ウィルコムのWiMAX”という言い方は、いろいろな意味で示唆に富む。以下、それを説明することで次世代高速無線通信の行方を占う材料になればと思う。

WiMAXも次世代PHSもLTEも物理層は同じ

 モバイルWiMAX(以降は単にWiMAXと書く)と次世代PHS、それにW-CDMAの後継となるLTE(Long Term Evolution)は、互いに非常に似通った技術だ。いずれも物理層に「OFDMA」(Orthogonal Frequency-Division Multiple Access:直交周波数分割多元接続)という無線伝送技術を使っている(モバイルWiMAXでは5つの物理層が規定されていてOFDMAはその1つに過ぎないが、事実上使われるのはOFDMAのみだろう)。OFDMAは周波数利用効率の高い通信方式としてIEEE 802.11a/g/nやADSLで用いられている変調方式の「OFDM」(Orthogonal Frequency-Division Multiplexing:直交周波数分割多重)を多人数で同時にアクセス可能にしたもので、両者のベースにあるのは同じアイデアだ。

 OFDMでは利用可能な周波数帯域を、より小さなサブキャリアと呼ばれる周波数帯に区切り、多数のサブキャリアに信号を乗せることで高速な通信を実現する。サブキャリアに乗せる信号は中心周波数から一定範囲で広がりを持つ分布を示すため、本来は十分な間隔を空けてサブキャリアを並べる必要がある。しかし、サブキャリアのピークを、隣り合うサブキャリアの信号の谷間にうまく並べるとサブキャリア同士が互いに干渉しない(直交する)ように細切れにできる。OFDMでは、与えられた周波数帯に緻密にサブキャリアを詰め込むことで高速通信を実現する。高度な並列化により、個々のサブキャリアに乗せる信号の時間方向の変調レートを低く保つことができる。これは信号の遅延や反射によって電波干渉が起こりやすい無線通信では非常に有利な特徴で、今のところ OFDMは電波を使った究極のデジタル通信方式といえる。送信・受信の双方でアンテナを複数使うMIMOと合わせて、OFDMはデジタル通信におけるデファクトスタンダードになりつつある。OFDMの変調・復調に必要な高速フーリエ変換のLSI化が進んだことも大きい。

 こうした事情から、次世代の高速無線通信は、どれもOFDM採用へと向かっている。至近距離の超高速無線通信を実現する「UWB」(Ultra- WideBand)や、地上デジタル放送でもOFDMが使われている。UWBは微弱な電波を使って通信範囲を狭くする代わりに、幅広い周波数帯を使うことで高速な通信を実現する方式で、すでにワイヤレスUSBで実用化され、普及が始まろうとしている。

次世代PHSとモバイルWiMAXはほとんど同じ

 ウィルコム取締役で執行役員常務の平澤弘樹氏は「次世代PHSの変調方式はWiMAXと同じです」と指摘する。数年前にモバイルWiMAXの採用を検討したが、独自方式を選択したという。

 モバイルWiMAXと次世代PHSではサブキャリアの間隔やフレーム構造の違いがある。しかし、これらはいずれもソフトウェア的な問題だという。「今はソフトウェア無線の時代です。WiMAX対応チップを作っているメーカーはたくさんありますが、すべてハードウェア処理というチップでもなければ、次世代PHSでもWiMAXと同じチップが使えることが分かっています」(平澤氏)。

 昨年(2007年)、2枠しかない次世代の高速無線通信サービスの事業者免許交付を巡って多くの通信事業者間で合従連衡や政治的駆け引きが見られた。その際、2枠ともに“国際標準”であるモバイルWiMAXを展開する事業者を優先して免許交付すべきという論調が強かった。その論拠の1つとなったのはハードウェアの調達コストだった。国際的デファクトスタンダードとなることが確定したかに見えるモバイルWiMAXに対して、ITU-Rの国際規格に含まれるとはいえグローバルでの採用が見込めない次世代PHSにはコスト面で勝ち目がない、というものだ。

 しかし、今や物理層はOFDMに収斂し、ハードウェア的にはどの通信方式も似たようなものになりつつある。基地局、端末ともに調達コストが問題になることはないだろう。こうした意味ではウィルコムの次世代PHSは、モバイルWiMAXの1つのバリエーションだと言ってもいい技術だ。冒頭の発言は、こうした事情を指している。

LTEに向かう携帯キャリア

 モバイルWiMAX、次世代PHS、LTEは競合関係にあり、しかも似た技術だ。どの方式がどの程度普及するかは記者には予想できないし、おそらく誰にも分からないだろう。ただ、技術進化の方向性や、各方式のメリットや普及シナリオは以前よりも見えてきたように感じている(4月18日にウィルコムが「次世代PHSの開設計画に基づく事業の進捗状況報告について」、UQコミュニケーションズが「BWA(WiMAX)サービスに向けた進捗状況報告について」と、それぞれ進捗を発表している)。

 まず、LTEについては比較的見えやすい。国内で言えば、KDDIの小野寺社長が4月24日の会見で、CDMA2000の後継となるUMB(Ultra Mobile Broadband)ではなくLTE採用を示唆したことで携帯キャリア3社がLTEに向かう動きが明確になった。米国でも同様に、CDMA2000を採用する大手携帯キャリアのベライゾン・ワイヤレスがUMBではなくLTEを採用すると昨年暮れに発表している。また、ヨーロッパでは通信機器ベンダ大手のアルカテル・ルーセントがNECと合弁会社の設立を発表。大規模な開発体制を整えた。

 携帯キャリアがモバイルWiMAXではなくLTE採用へ傾いたのは、いくつか理由がありそうだ。1つは音声通話サポートの容易さだ。LTEでは VoIPによる音声通話も可能だが、従来の回線交換網を使った音声サービスもサポートできる。また、例えばノキア・シーメンスのLTE対応基地局「Flexi Multinode」のようにW-CDMA/HSPA/LTEを同時にサポートするハードウェアにより、同一基地局による段階的な移行が容易なこともキャリアには魅力だろう。LTEは、「evolution」(進化)という名が示すとおりW-CDMAやHSPAの順当な進化形で、キャリアには賢明なアップグレードパスだ。ノキア・シーメンスによればLTEはレイテンシが低いのも特徴で、リアルタイム性の高いゲームなど新市場を開く可能性もあるという。さらに、OFDMは消費電力が高いという欠点があるので、LTEでは上りにOFDMではなくFDMAを使うなど端末の電池の持ちにも配慮されている。

 モバイルWiMAXについては先行きが不透明だ。WiMAXフォーラムは2012年までにモバイルWiMAXユーザーが1億3300万ユーザーに達する見込みだと発表しているが、順風満帆とはいかない。米国ではスプリント・ネクステルとクリアワイヤが全米規模のWiMAXネットワークを構築するとしていたが、2007年11月には計画を白紙撤回して業界を驚かせた。インテルをはじめモバイルWiMAX陣営はチップやノートPCやMID(モバイル・インターネット・デバイス)へのWiMAX搭載計画に変更はないとしているが、LTEの台頭でハッキリしたのは“次世代”になってもケータイと、PCや MIDといったデバイス(市場)は融合しないということではないだろうか。

 消費者の端末の嗜好や、メーカーの端末供給・販売体制なども含めて考えると、当面ケータイはケータイのままにとどまりそうだ。固定電話の世界で IP電話がゆっくりとしか普及しなかったのと同様に、ケータイの世界でも、高速データ通信が可能になったからといって急に「次世代端末」でVoIPが普及するとは考えづらい。ケータイは、従来と同じ見た目のハンドセットを使い、従来と同様に音声サービスの利用がメインで「やや速いウェブが可能」という世界が続くのではないだろうか。

次世代PHSとモバイルWiMAXの違い

 ノートPCやMIDのデータ通信用途という点では、モバイルWiMAXと次世代PHSが有望だ。この2つはすでに書いたように物理層がOFDMで同じだが、その上のMAC層や基地局の設計でかなり違いがある。

 最大の違いは基地局の配置密度と、配置のやり方だ。

 前出のウィルコムの平澤氏によれば、同社がモバイルWiMAXを選ばずに、あえて独自方式採用へと踏み切った背景には、都市部の高速データ通信の需要をモバイルWiMAXでは満たせないとした判断があるという。従来の携帯電話の基地局や、モバイルWiMAX、LTEなどでは隣り合う基地局の電波干渉を防ぐために、六角形状に基地局を整然と配置する必要がある。

 一方、PHSや次世代PHSでは、基地局同士が互いに干渉を防いで適当な周波数を選択利用する「自律分散」の機能を持っているので、「基地局の配置構造を考えずに、好きなところにどんどん基地局を設置できる」(平澤氏)。例えば東京の過密部では半径500メートルの範囲に100本のアンテナが立っているような状態だ。UQコミュニケーションズの要海敏和氏(ネットワーク技術部部長)によれば、現在同社が計画中のモバイルWiMAXサービスでは1つのセルの半径は都心部で750メートル程度になる見込みで、その差は明らかだ。モバイルWiMAXでは基地局1つで240Mbpsの帯域を実現するというが、これは半径750メートルの円内にいる端末でシェアするもので、そのままユーザー環境でのスループットとはならない。これはLTEでも同様で、1対1の通信で最大通信速度がいくらあっても、1つの基地局にぶら下がる端末数が増えたときのスループット低下は避けられない。発信する電波の指向性を高めてセルを仮想的に分割する「空間多重」と呼ばれる技術もあるが、基本的に電波による通信は、同じ1つの部屋に入って大声で順番に話すようなものだ。大人数が1つの大きな部屋に入るよりも、小さな部屋に少人数が入るほうが個々人が発言できる時間は長くなる。

 ウィルコムでは1つ1つの基地局のカバー範囲が狭い方式を“マイクロセル”と呼んでいる。これはもともとオフィスや家庭の固定電話に対するワイヤレス子機として登場したPHSという技術の制約だった。しかし、ユーザーが自由勝手に基地局を設置できるよう自律分散機能を早くから実現したことや、発信電波が弱くセルが小さいという特性が、次世代無線通信ではいずれも有利な条件となっている。

Photo マイクロセルとマクロセルの違いを示す図(ウィルコムの説明資料より)。マイクロセルでは都市部などで多数の基地局を配備するのが特徴

 これまでにもデータ通信サービスを提供してきたウィルコムによれば、全トラフィックの80%は東名阪および県庁所在地などで発生するもので、データ通信の大きな需要は都市部にある。もっといえば東京都内でも新宿や大手町といった人が集まる場所に非常に際だったピークがある(出版社にいた記者には、これは当然に思える。情報誌と呼ばれる雑誌が売れるのは東京と大阪だけと言ってもいいほど部数に地域的な偏りがある。情報はお金、人、モノが集まる場所で行き交うのだろう)。

 現在のようにメールや一般的なウェブの利用が中心であれば、次世代PHSとモバイルWiMAXに大きな差はないかもしれない。しかし、ブロードバンドがコンテンツの世界を一変させたように、無線ブロードバンドはモバイル通信のあり方を一変させる可能性がある。どこにいても本や雑誌を読むのと同じ感覚で動画を見るようになることは十分に考えられるし、MVNOによって誰も考えなかったようなサービスが登場する可能性もある。例えば任天堂がゲーム機に WAN通信機能を入れたら、何をするだろうか。あるいは動画デジカメにWAN通信機能があれば、どんなサービスが可能だろうか。監視カメラのような用途でも、WAN通信機能があれば非常にシンプルなネットワーク構成が可能になるだろう。ストレージを持たないストリーミングMP3プレーヤーはどうだろうか。

 現在、机にへばりついてPCで使っている“ブロードバンド”がモバイルでも可能になるだけと考えていると、モバイルブロードバンドのインパクトの大きさを見誤るのではないか。ウィルコムやUQコミュニケーションズは現在、MVNOとの協議を始めており、ISPやPCメーカーではない予想外の事業者からの相談も受けているという。

PHSでガラパゴス市場にはならない

 PHSは中国や台湾をはじめ、アジア圏では導入実績があるが、グローバル市場においては、事実上日本発のローカル規格に過ぎない。次世代PHSについても同様だ。

 次世代PHSのグローバル展開についてウィルコムの平澤氏は「実力を示すしかない。われわれとしては次世代PHSが技術的に優れていると信じている」と話すが、やはり心許ない。技術的優位は、その技術が普及する要因の一部でしかないからだ。例えば優れたアイデアやデザインを実現した魅力的端末が 2009年にグローバル市場を席巻し、それがモバイルWiMAXにしか対応しないということは十分あり得る。ファームウェアの変更やパッチ作業程度でモバイルWiMAX対応チップを次世代PHSに対応できるとしても、規制や認可の問題、あるいは企業間の政治的思惑や駆け引きもあるだろうから、やはりグローバル市場で勢いのあるモバイルWiMAXのほうがいいポジションにいるように思われる。

 ただ一方、もはやソフトウェア無線の時代で通信方式の違いを巡る攻防は、特に端末側においてかつてほど大きな意味がないのだとしたら、次世代 PHSにもチャンスがあるはずだ。日本市場向け端末はモバイルWiMAXと次世代PHSのデュアル対応にして、ユーザーが選べるようにすればいいからだ。それによって次世代PHSの技術が本当に優れていると証明されれば、次世代PHSを世界に売り込めばいい。人口過密地帯を抱えるアジア圏には売りやすいのではないか。逆に、あえて次世代PHSを選択する理由がないとなれば、ユーザーはローミングが容易なモバイルWiMAXを選択するだろう。いずれにしても、次世代PHS対応端末によって日本市場がグローバル市場から孤絶した「ガラパゴス市場」となるという批判は当たらない。端末側のチップはモバイル WiMAXと同等で両対応が容易だからだ。ケータイと現行PHSほど異なる技術ですら共存してきたのだから、モバイルWiMAXと次世代PHSが市場的に共存できないということはないだろう。通話の音声品質の高さやデータ通信との親和性の高さで長らくPHSファンがいたのと同様に、次世代PHSはビジネスマンやIT系ユーザーにアピールしそうだ。次世代PHSの場合、すでに動いている基地局があるのもユーザーにはメリットだ。基地局が次世代PHS対応となっていないエリアでも互換性のある従来のPHSによる通話やデータ通信が可能だからだ。

 記者は次世代PHSが成功すればマイクロセル方式が見直される時代が来ると思う。ケータイの世界でフェムトセルのような“ミニ基地局”の話が出てくるのも、単にキャリアの電波が届かない領域へカバレッジを広げるというばかりでなく、電波の利用効率を上げるというニーズも背景にあるはずだ。OFDM が時代の必然だったように、マイクロセル方式や空間多重といった次世代PHSが採用する技術もまた時代の必然と思えてならない。

 もちろん答えを出すのは、ユーザーやメーカー、サービス事業者まで含めた市場だ。無線通信の優劣を決める要素には、通信速度や実装コスト以外にも、消費電力や高速移動時の通信の安定性、レイテンシ、ハンドオーバー時のユーザーの体感速度の変化などがあり、実際にフィールドでさまざまなアプリケーションを使ってみないと、どの方式が優れているか分からない面がある。まずは2009年に本格始動するモバイルWiMAXと次世代PHSによるサービスで、市場がどういう答えを出すか注目していきたい。

Copyright© 2016 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.