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» 2005年01月20日 12時40分 UPDATE

Pentium MでIntelを変えた男

Intelが「クロック偏重主義」を脱し、Centrinoで成功を収めたのは、我の強い技術者集団を率い、Pentium Mを設計したムーリー・イーデン氏のおかげだ。(IDG)

[IDG Japan]
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 Intelのムーリー・イーデン氏は、社内で承認を取り付けた新型半導体設計で一度失敗したことがあった。同氏は、後にPentium Mとなる半導体設計を1990年代末に準備していたとき、次のチャンスはない背水の陣だと承知していた。

 イーデン氏のチームは、生の性能よりも電力管理と相互運用性を重視した斬新な設計を考案していた。当時、その概念はIntelのマーケティング担当役員にとって、イーデン氏のオフィスがあるイスラエル・ハイファのIntelの設計施設が位置する地中海沿岸と同じくらいなじみのないものだった。

 イーデン氏のチームのイスラエル人たちは、オレゴン州ポートランドの近郊でIntelの主力半導体の大部分を設計していたエンジニアたちとは毛色の違う集団だった。彼らは管理職にとって頭痛の種だったと、イーデン氏は最近、カリフォルニア州パロアルトでのディナーの席で当時を振り返った。

 「50人の米国人を管理するほうが5人のイスラエル人を管理するより簡単だ。イスラエル人は規律に無頓着で、何にでも異を唱える。米国人の従業員よりよほどIntel的だ」とイーデン氏はワイングラスを傾けながら回想した。同氏がさりげなく言及したのは、ロバート・ノイス氏やゴードン・ムーア氏、アンディ・グローブ氏が築いた貪欲に挑戦に挑む技術者文化だ。イーデン氏はその文化が、いわゆる「政治的な正しさ」や整然とした管理が幅を利かす米国で失われてしまっていると考えている。

 我の強い技術者集団から生まれた半導体設計はコードネームでBaniasと呼ばれた。これは3つの宗教で歴史的に重要な役割を果たしたとされるイスラエルの古代都市の名前から取られたものだ。イーデン氏が2000年にカリフォルニアにいるIntelの経営幹部らにプロジェクトの最新の進捗状況を説明する準備をしていたときには、成功のためなら神頼みでも何でもしようという思いだった。

 BaniasはIntelの当時の新型デスクトッププロセッサ「Pentium 4」の対極にあった。Baniasは消費電力を最小限にとどめることに主眼があったのに対し、Pentium 4は向こう5年間程度クロック速度を着実に高められることを目指していた。

 だが、Pentium 4のクロック速度が向上するにつれて、消費電力も増加した。イーデン氏は1990年代末の時点で、Intelが当時のペースでトランジスタの微細化を進めれば、近いうちにリーク電流問題が深刻化し、発熱が許容レベルを超えると予測していた。

 「2000年より前に、われわれは電力の面で壁にぶつかってしまうことが分かっていた。われわれは経営陣にそのことを納得させようと懸命だった」とイーデン氏。

 イーデン氏はやせ形でメガネをかけているが、こわもての印象もある。複雑な技術を説明する場合もディナーを注文する場合も、口を開くときは常に確信に満ちて断固としている。その姿はイスラエル軍に少佐として勤務した経験をうかがわせる。

 Intelを「右に方向転換」(同氏)させて電力の壁を回避するために、イーデン氏のチームのエンジニアは、CPUやチップセット、メモリインタフェースなど、Baniasの設計のあらゆる面で消費電力の低減をとことん追求しなければならなかったと同氏は語る。

 そのころのIntelでは、チップセットとプロセッサを分けて設計する傾向があった。イーデン氏がIntelで犯した最大の失敗がその一因だった。

 同氏はIntelでx86アーキテクチャのMMX拡張の開発で頭角を現した後、「Timna」というプロジェクトに取り組んだ。Timnaプロセッサは、PCの筐体に組み込みやすいオールインワン型製品を求める低価格PCベンダー向けに、コンポーネントを統合した形で設計されていた。IntelはTimnaを新興市場向けPC用のプロセッサとして推進していた。

 しかし、IntelがRambusのRDRAMメモリ規格を全製品に採用する方針を選択したことで、Timnaはチャンスを失った。Timnaは統合性の確保のために同メモリ規格など特定の技術と結びついていた。RDRAMにコンピュータメモリとしての将来性がないことが明らかになった段階で、Intelは同規格のサポートを取りやめ、Timnaは製品として日の目を見なかった。

 だが、Baniasの設計では統合的なアプローチが肝心だったとイーデン氏は語る。このプロセッサの動作効率を最大限に引き出すことができるのは、プロセッサとチップセットを同一の厳格な消費電力規格に基づいて開発した場合に限られるという。同氏の考えでは、Baniasのチップセットはプロセッサに匹敵するほど重要だった。

 しかし、1つ大きな問題があった。Baniasが既存のIntelプロセッサより低いクロック速度で動作することだった。

 それまでの10年間、Intelは莫大な資金をかけて、クロック速度の向上が性能の向上につながるとPCユーザーを教育してきた。性能の方程式を成立させる要素はプロセッサの命令実行速度だけに限らないことは同社も重々承知していたが、パイプラインアーキテクチャやキャッシュメモリは一般のPCユーザーにとって、2は1より大きいという理屈よりもずっと難解だった。

 そこでイーデン氏はIntelに、新型ノートPCプロセッサとしてBaniasに賭けることを提案しただけでなく、既存の設計理念を見直し、スピード偏重のマーケティング戦略を刷新し、同プロセッサ自体のコンセプトよりもシステム全体のコンセプトを売り込むよう進言した。

 IntelはBaniasをお蔵入りさせても不思議はない状況だった。Rambusを採用した判断の誤りを恥を忍んで認めざるを得なくなった散々な年に続いて、製造上の問題によるPentium 4の発売延期の影響への対処に追われた直後だったからだ。

 しかし、ギャンブルをする人なら誰もが知っているように、最大の報酬は、最大のリスクを取る覚悟がある者に与えられるのが常だ。現社長兼最高執行責任者(COO)のポール・オッテリーニ氏がイーデン氏のビジョンを強力に後押しし、IntelはBaniasにゴーサインを出した。これを機に、向こう数年間にわたってIntelの戦略の土台となると見られる半導体設計が正式に導入され、純粋な性能よりも使い勝手とシステム管理を向上させる機能の設計に新たに重点が置かれることになった。

 Intelは1月17日、プロセッサアーキテクチャに基づいていた従来の部門体制をモビリティ、デジタルホーム、デジタルヘルスなど技術分野に沿った体制に再編し、イーデン氏の言う「右への方向転換」を完了した(1月18日の記事参照)

 しかし、イーデン氏が世界最大の半導体メーカーの方向転換の立役者だという見方に対して、同氏は少し困ったような顔をしただけだった。

 「あのプロジェクトの功労者はたくさんいる」と同氏は反論した。「あれだけ大規模なプロジェクトは誰か1人の手柄とは言えない」

 だが、イーデン氏が建設的な批判とユーモアをうまく織り交ぜながら、チームを引っ張る姿は想像に難くない。同氏はIT企業の普通の幹部よりも気楽に、しかも陽気に笑う。それに、ディナーの最中に高級レストランのほとんどの客にイスラエルへの観光旅行のユーモラスなCMを見せるIntel幹部はまずいないだろう。もちろん、CMを映して見せるのはCentrinoベースのノートPCだ。

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