水素を常温の液体に加工、大量輸送問題の解決へ和田憲一郎が語るエネルギーの近未来(8)(3/3 ページ)

» 2014年12月24日 07時00分 公開
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液化水素よりもエネルギー効率は高いのか

和田氏 もう1つ疑問がある。気体から常温・常圧の液体に変え、脱水素プロセスを経て、気体に戻すということは、エネルギー効率が心配だ。いわゆる「Well-to-Tank」*5)部分、その中でも水素輸送の部分に焦点を当てるとどのような水準なのか。

*5) 一次エネルギーの採掘(Well)から燃料タンク(Tank)に水素が充填されるまでを分析の対象とすること。水素は天然に産出しないため、何らかの一次エネルギーを用いて水素を製造した後、輸送し、FCVの水素タンクに注入する必要がある。

岡田氏 Well-to-Tankの中で、水素を作る過程は別として、水素の輸送のみであれば脱水素プロセスなどシステム全体のロスが約20%強、東南アジアから日本までの輸送を考えると、タンカーの燃料分が10%強。輸送全体としてエネルギー効率は60%以上を有している。

和田氏 天然ガスを採取して改質によって水素を取り出し、その後水素を液化する手法では液化の段階でエネルギーロスが大きい(およそ50%以上)といわれている。エネルギー効率は水素の液化よりも上回るということか。

 水素ステーションに運ぶ際、通常は水素を蓄圧器に貯める。水素貯蔵輸送システムの場合、貯蔵方法はどのようになるのか。

岡田氏 ガソリンと同様に取り扱えるため、地下タンクへの貯蔵が有効だと考えている。ただし、トルエンやメチルシクロヘキサンなどの化学品には規制がある。現行規制では200Lが上限と定められているため、規制の緩和が必要だ。

どの程度の規模で実用化できるのか

和田氏 実用化するには、どのような規模のプラントが必要なのか。

岡田氏 実用化に必要な技術は既に確立しており、いかなる規模への対応も技術的に可能である。実際の商業プラントの建設費は規模に依存する。水素化、脱水素プラントともに建設費は一般の化学プラントとほほ同等水準だ。現在、川崎市にプラントを建設すべく、検討が進んでいる。実現すれば日本で最初の量産プラントとなる。

 2014年4月に閣議決定された新たな「エネルギー基本計画」では、水素を重要な二次エネルギーとして、発電への利用を推進することが盛り込まれている。発電部門では水素を利用することにより、高い二酸化炭素排出削減効果が期待できる。これにより、水素の需要が拡大することを期待している。

和田氏 火力発電で水素を利用する場合、水素の価格はどの程度なのか。

岡田氏 2014年6月に公表された「水素・燃料電池戦略ロードマップ」では2020年代半ばに、1Nm3当たり30円の価格が目標となっている。われわれの目標でもある。この価格であれば、油だきの火力発電よりも競争力があるとされているからだ。

和田氏 海外での展開はどのように考えているのか。

岡田氏 現在いろいろなところから問い合わせが来ている。当社の技術を活用すれば、未利用のエネルギーを水素にして貯めておき、必要な時に取り出すことができる。例えば、南米パタゴニアの風力やカナダ、シベリアの水力を水素に変換して輸送できる。水素貯蔵輸送システムを活用すれば、世界をつなげることが可能になる。水素源から水素供給にわたる水素サプライチェーンのさまざまな場面で、グローバルに展開していきたいと考えている。

画期的な技術開発をどうやって実行に移すか

 今回の取材を通じて複雑な心境にとらわれた。画期的な技術開発だけに、どのようにすれば実行に移すことができるかという点にである。

 「水素貯蔵輸送システム」の最大の特徴は、液化水素のように−253度に冷却することなく、大量に液体として輸送が可能となることにある。タンカーしかり、タンクローリーしかりである。Well-to-Tankでのエネルギーロスも比較的少なく、脱水素後に得られる水素の純度も高い。

 しかし、技術開発から実用化に移行しようとすると、研究段階では見えにくかった幾つかの課題が浮かび上がってくるように思えた。それについてコメントしてみたい。

  • 大規模プラント建設が必要

 新子安(横浜市神奈川区)にある水素貯蔵輸送システムの実証装置を見せていただいたが、かなりの大きさである。実際に量産型プラントを作るとなれば、化学プラント並の本格的な規模になるとのこと。最初は川崎に建設を予定しているものの、全国に効率よく水素を運ぶためには、各地に複数箇所、同様なプラントが必要だ。プラント建設に巨額の建設費がかかる。建設をどのタイミングで進めるのかが、課題となるであろう。

  • 小規模消費地域では、水素ステーション内に脱水素装置や地下タンクを設置

 プラントから遠く離れた場所や小規模消費地域では、タンクローリーを使って、常温・常圧のメチルシクロヘキサンを液体のまま運ぶことになる。その場合、貯蔵用の地下タンクや、脱水素装置、さらには純度を上げるためのPSAガス発生装置なども必要だ。

 連載第6回で、当面はオフサイト方式*6)が主流になりそうであるとの感触を得た。そのような場所に、地下タンクや脱水素装置などの追加機器を設置しようとすれば、機器や土地のレイアウトの面でコスト低減と逆行する。さらに脱水素時に得られるトルエンは、法律により劇物に指定されており、回収時の取り扱いにも注意を要する。もちろん、敷地内に水素製造装置を有するオンサイト方式と比較すれば、さほど差がないかもしれない。

*6) 水素ステーションに他の物質から水素を製造する装置を置くことなく、水素の形で運び入れる方式。

 現在、政府や民間が一緒になって、設備仕様の統一を図り、規制緩和を押し進めて水素ステーションの普及を図ろうとしている。もしこれを第一世代と呼ぶのであれば、これからプラント建設を開始する「水素貯蔵輸送システム」などは第二世代に当たるであろう。恐らく今後も水素技術に関して技術革新が進み、新たな方法が生み出されると思われる。第一世代で築いた機器とどのように共存・調和していけるのか、その知恵が問われてくるのではないだろうか。

筆者紹介

和田憲一郎(わだ けんいちろう)

1989年に三菱自動車に入社後、主に内装設計を担当。2005年に新世代電気自動車の開発担当者に任命され「i-MiEV」の開発に着手。2007年の開発プロジェクトの正式発足と同時に、MiEV商品開発プロジェクトのプロジェクトマネージャーに就任し、2009年に開発本部 MiEV技術部 担当部長、2010年にEVビジネス本部 上級エキスパートとなる。その後も三菱自動車のEVビジネスをけん引。電気自動車やプラグインハイブリッド車の普及をさらに進めるべく、2013年3月に同社を退社して、同年4月に車両の電動化に特化したエレクトリフィケーション コンサルティングを設立した。著書に『成功する新商品開発プロジェクトのすすめ方』(同文舘出版)がある。


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