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2025年、日本で売れた“AI本”とは? 覆面ライターが調べてみた 浮かび上がる四天王と懸念点マスクド・アナライズの「AIしてま〜す!」(3/3 ページ)

» 2025年12月26日 12時00分 公開
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 AIに関する本が担う役割としては「読者のAIに対する理解を向上させる」「仕事や生活においてAIを活用する」など、前向きな内容が理想的です。また「AIの進化によって失業するのではないか」という不安や、「AIによる副業で稼ぎたい」という時勢に合わせた要望に応えることもできます。

 こうした読者の要望や不安に応えることで、売れたAI本もあります。話題性も大きかった4冊はそれに該当しますが、筆者としては気になる点もありました。こちらはタイトルを伏せて紹介します。

  • ワークもライフもノープロブレムな本(仮)

 「AIの進化で人間が失業するが、AIを学べば大丈夫」という内容を、分かりやすくマンガで解説して人気となりました。一方で解雇規制や雇用事情が異なる外国のリストラ事例でAI失業の不安を強調しており、生成AIを学んで成功するという根拠が薄い点が気になりました。

 また著者はAIスクールの運営者でもあります。収入アップなどの成功事例として、そのスクールの受講者を挙げるのは、ポジショントークとも取れます。このような初学者が気付きにくい手法が懸念です。

  • AI副業でもうかる本(仮)

 AIの進化と普及によって、誰でもAI副業に取り組めるようになりました。この書籍はAIでもうかるさまざまな手法を紹介しているのが特徴です。しかしAI副業は需要に対して供給過多となっており、報酬は低下しています。

 また書籍のレビュー欄では、読者からの意見に「分かりやすい」「自分にもできた」という声はあるものの、「もうかった」はありませんでした。筆者はAI副業について、過去の連載記事でも警鐘を鳴らしています。AI副業への過度な期待は禁物です。

  • ドリームをオートでゲットだぜ本(仮)

 AIが読者専属のコーチとなり、夢を実現してくれるという内容です。AIは難しい印象があるものの、カラーイラストによる分かりやすい表現を用いて、読者の心情に寄り添って解説したのが人気の理由でしょう。

 しかしAIに関する解説は「人間にAIが寄り添って幸せになれる」「AIとの対話で夢をかなえてお金も手に入る」「AIが自分を変えてくれる」とあり、AIである必要性が感じにくいです。また読み進むにつれて精神論に傾倒していき、いわゆるスピリチュアルに引き寄せられました。AIという科学的な存在と、夢や幸せという心理的な存在がどう関わるのかが気になります。

  • 死ぬワニに挑戦する本(仮)

 生成AIをきっかけに一定期間のプログラミングとアプリ開発に取り組む様子を日記で紹介した本です。生成AIを活用しながら成長する著者を、エッセイのような軽い読み口で読者が追体験しながら読めるのが人気です。

 一方で生成AIによってプログラミング学習のハードルが下がっても、高度な技術力が短期間で身に付くわけではない、ということに注意が必要です。「取りあえず動くアプリ」は短期間で作れても、「業務で使用できる信頼できるアプリ」を開発するには時間と苦労も必要です。未経験から3カ月と少しアプリ開発に挑戦した人と、大学で4年間情報工学を学んだ人なら、どちらが信頼できるでしょうか。

 AIでプログラミングの間口が広がることは良いですが、根底となる技術力や信頼性も重要です。なお、この本のタイトルにAIは含まれませんが内容はAIであり、売上と話題性から選出しました。

その本は、不安につけこんではいないか?

 こちらの4冊は、売上と話題性を考慮すると2025年におけるAI本の四天王となります。4冊の本の特徴には「恐怖や不安を煽る」「もうけを強調する」「依存したい人を引き寄せる」「自分でもできそうと錯覚させる」「根拠や再現性はない」が挙げられます。

 要するに「リストラ煽り」「副業でもうかる」「スピリチュアル」「レッツ挑戦」です。また、お金や健康や人間関係や将来への不安を解消する本は、生成AIの時代でも人気だと分かりました。紹介した4冊は合計で30万部ほど売れていると推測できます。

 楽しむための読書を否定するつもりはありません。しかし、人が抱えるさまざまな不安つけこみ、書籍の中に「著者による印象操作や利益誘導」「主張に対する根拠や理由が不明瞭」という作為的な要素を持たせた場合、本とAIに対する信頼を損ないます。特にAIの素人はこうした手法に気付かず、根拠や再現性の有無を判断できません。

 こうした本が読者へAIに対する過度な期待を煽り、期待した成果を得られなければ、失望した読者によってAI全般に対する心象悪化につながるでしょう。

 なお、4冊中3冊が同じ出版社から発売されました。同社は以前からインフルエンサーの本を出版しており、フォロワーによる購入や話題作りの面から売上が期待できる面もあって、この方針は26年以降も続くようです。

 しかしインフルエンサーの起用には懸念点もあり、Amazonレビューが非常に多い1冊では「著者が開催したイベントの来場者に対して、本のレビュー画面を見せれば特典を渡す」という行為が報告されています。これは「悪いレビューを投稿できない」という意識を誘導します。Amazonレビューで高評価が多ければ売上につながるので、規約などはさておき有効な手段です。こうした行為は、著者や内容に対する信頼に影響するのではないでしょうか。

 以上、出版の意義について考えさせられた2025年でした。

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