私自身の若手時代を思い出してみると、いろいろな言葉を先輩に掛けられた。新人研修での成績がどん尻だったので、配属決めをする面談で「どの部署のマネージャーも『あなたなんかいらない』と言っている。行く先がないけど、どうするつもりでする?」と詰め寄られた。悔しく、悲しくもあったが、最低な成績だったことは事実だし、配属先がないと言われたらそれもそうなのかもしれないとも思った。しかし、悲しさよりは悔しさのほうが大きかったので、あきらめずにがんばった。
一方で、慰められたり励まされたりしたこともたびたびあった。3年目くらいの時のことである。ある研修の講師をした時、受講されている男性から質問があった。それに答えたものの、男性は納得しなかったのだろう。全員の前でアレコレと文句をかなり怖い口調で言われので、私も全身が震え始めてしまった。
こういう場面での対処術を持っていなかった私は、泣きそうになるのをぐっとこらえながら、講義を続けた。ようやく昼休みになり、オフィスに戻ると1年上の先輩がいたので「ちょっと聞いてもらってもいいですか」と話しかけた。「こういうことがあって、こういう風に言われて」と懸命に訴えた。訴えながらも、自分の未熟さを暴露しているだけで、嘆く暇があれば、もっと勉強しろという話だな、ともう1人の自分が冷静に考えてもいた。
だから先輩からもそういうアドバイスがなされると思ったら、話を聞いているうちに先輩のほうが先に泣き出した。私の両肩に手を置いて、「分かる、分かる。私もそういう目にあったことがある。その時のことを思い出しちゃったあ。田中さん、よく我慢したね」と大粒の涙を流しながら慰めてくれた。それがきっかけとなって、私もそこまでこらえていた涙がせきを切ったように流れはじめ、止まらなくなった。
オフィスのど真ん中で女2人、抱き合って泣いていた。その時、いつも冷静沈着な男性の先輩が通りかかり、「2人で何やってんの?」とつぶやいた。はっと我に返り、「こんなことしている場合じゃない。保留になっている質問の答えをちゃんと考えよう」とお弁当を食べながら、午後からの講義に備えたのだった。
先輩は私を説教するのでも「気にするな」と言うのでもなく、一緒に泣いてくれた。教室の中で怒鳴られた時の恐怖を「分かる、分かる。怖かったでしょう」と言ってくれた。仕事場で泣くのはどうかと思うが、この時はそうでもしないと気持ちがリセットできなかったのだ。
その研修はその後4日も続き、私を怒った男性ともなんとなくはうまくやり取りができた。アンケートには「勉強になりました」と書いてあった。嫌味だったのかもしれないが、穏やかな表情で帰られたことは覚えている。
部下や後輩へのひとことで、若手はこんなことを感じるものだ。「ここにいていいんだ」と安心感を得たり、「自力で乗り越えよう」と勇気を得たり、「自分でもできる」と自己効力感を抱いたり。
「同じ経験をしたことがある。よく我慢したね」と抱きしめてくれたこの先輩のことを今でも鮮明に覚えている。私がこの苦境を乗り越えられたのは、共感の言葉と態度だった。前に進むための燃料になるような上司や先輩の言葉。あなたは何を覚えているだろう?
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー。
1986年上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで延べ3万人以上の人材育成に携わり27年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。
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