このように紹介しても、なかなか理解しづらいと思います。ここからは実際にこのモデルを使って友人を前向きにリードしたMさんのお話をしましょう。
ある日、Mさんは友人から電話を受けました。大変つらそうな状態で、開口一番の言葉は「会社を辞めたい」だったそうです。
「まずは、つらい状況で電話をくれたことがうれしい」と、相談相手にMさんを選んでくれたことに感謝の言葉を伝えたそうです。Mさんは何カ月か前に、友人が職場を異動した話を聞いていました。
その後、現状を確認するための具体化のスキルを使いながら1時間ほど友人の話を聞いたそうです。しばらく話して大分落ち着いてきたことが分かったため、会社を辞める/辞めないは自分で決断すれば良いことを伝えた上で、「友人は会社を辞めたいほどつらくて悩んでいる。その背景には、何があるのだろう? 友人の思いの背景にある”本当に望んでいることこと”は何だろう?」と思い、次のようなやりとりをしたそうです。
Mさん: ○○君が今の仕事を辞めることで失うものがあるとしたら、それは何だと思う?
友人: (少しの沈黙の後に)実は……子どものころから、「性格面が弱い」といわれてきていて、仕事を通じてその弱さ克服しようと思っていたんだ。けれどここで仕事を辞めたら、その弱さを克服できないまま会社を辞めることになってしまう。
Mさん: “性格面の弱さを克服できないまま”だと、さらに何を失うと思う?
友人: 人生を楽しく過ごすことができなくなるかなあ。
Mさん: “人生を楽しく過ごす”ことを失う○○君は、さらに何を失うと思う?
友人: 夢や目標のある人生が過ごせなくなる。
Mさん: “夢や目標のある人生”を失っている○○君は、さらに何を失うんだろうか?
友人: 生きている意味を失ってしまう
Mさん: なるほど。○○君は、会社を辞めたいと言っているけど、本当に悩んでいるのは、最終的に“生きている意味”を失ってしまうというものがあるからなんだね。(次のように肯定的な表現に言い直し)ということは、○○君にとって“仕事とは生きている意味を感じていたい”ってことなんだね。
友人: (少しの沈黙のあとに)あー、そうか、そうなんだ(と独り言のように呟く)。
最終的に、Mさんの友人は「もう少し、やれることを考えてみます」とこれまでとは違う声のトーンで言ったそうです。この5カ月後にMさんの友人は職場の店長となり、今では十数人のリーダーとして働いているそうです。
プロでも難しいといわれている「問いかけ」のスキルですが、今日紹介した問いのモデルを使うと、複雑な会話の流れをロジカルに、機械的に作ることができます。
もちろん、ロボットのように繰り返し機械的に問いかけると違和感を抱かれる場合もあるかもしれません。大切なのは、「何を問うか?」「何を聞くか?」という道筋を自分の中で持っておくこと。そうすれば、「何を」「どのように」聞いたらいいのか、会話の途中で迷子になる心配がなくなります。
あとは、アレンジです。「○○が続くと、何を失っちゃうと思う?」「それが、さらに続くとどうなるだろう?」「本当はどうしたいの?」「それって、あなたにとってどんな意味があるの?」「なるほど、本当は○○がしたかったんだね」のように、「得る」「望む」「したい」「失う」「困る」「意味」「目的」「本当は」「大切なのは」「そもそも」など、意味が近いいくつかの言葉のアレンジを加えることで、違和感を回避できます。
「この人が望んでいるのは、本当のことは何だろう?」と、相手に寄り添い、興味を持ちながら問いかけてみてください。
「ああ、○○さんは、本当はこういうことを望んでいたんだな」という、言葉の背景にある真の欲求が分かり合えたとき、お互いに腑に落ちた感じがして、「話を聞いてよかったな」という感覚が味わえますよ。そして、同僚との間に一体感を作ることができます。職場で実践してみてください。
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