そのプレゼンは誰のもの?孫正義 奇跡のプレゼン

分かりづらいプレゼンテーションとはどのようなものか。なぜ多くの人が分かりづらいプレゼンテーションを作ってしまうのか、その背景を考える。

» 2014年02月06日 11時00分 公開
[三木雄信,Business Media 誠]

連載『孫正義 奇跡のプレゼン』について

 プレゼンの達人と呼ばれ、奇跡とも呼べる企業提携を世界中で実現してきた孫正義氏。実は、そのプレゼン戦略は非常にシンプルで明確だった。

  • 結論から言え
  • 数字の裏付けを示せ
  • メモは持つな
  • 口調は初めに低くゆっくりと
  • アイコンタクト
  • ユニクロのポロシャツ

 など、誰もがすぐに実践できるものばかり。不可能を可能にする孫正義の伝える技術、その極意を凝縮して紹介する。

 この記事は2011年12月1日に発売された『孫正義 奇跡のプレゼン』(三木雄信著、ソフトバンククリエイティブ刊)から抜粋、再編集したものです。


 前回「そのプレゼンテーションに戦略はあるか?」では、プレゼンテーションの戦略として、できるだけ「略すこと」について述べた。それにより、シンプルかつ強力なメッセージを発することができる。

上司のためのプレゼンテーションになっていないか?

 孫正義のプレゼンテーションは、プレゼンテーション全体の「メッセージ」だけでなく、一枚一枚のスライドの「メッセージ」も非常に分かりやすい。それは、一枚一枚のスライドの「メッセージ」がおよそ10文字から20文字程度にまとめられているからだ。そしてこの「メッセージ」に対応して、グラフや写真が配置されている。短文の「メッセージ」が1つと、グラフや図・写真が1枚というのが、孫正義の標準的なスライドの作り方だ。

 これに対して、分かりにくいスライドの典型は次のようなものだ。タイトルがスライドの上部に書かれていて、その下に箇条書きで多くのメッセージが書かれ、さらにそれぞれの「メッセージ」にインデントで説明が加えられている。情報過多で理解するために相当な努力を必要とする。読者の皆さんもこういうタイプのスライドを目にしたことがあるだろう。

 なぜこうした、伝わりにくいスライドになってしまうのか? その理由として、「文字が多いスライドを作らないと仕事をした気がしない」ということが挙げられる。また、上司にプレゼンテーションのチェックをされるビジネスパーソンにとっては、非常に短い「メッセージ」とグラフや図・写真などのビジュアルだけでスライドを作成することに、抵抗があるのかもしれない。そんなスライドを作ると、「ちゃんと仕事をしているのか? 何だこんな漫画のようなスライドは?」と言われかねないからだ。

 こうした「分かりにくくても、詳細なほど本や資料は良いものだ」という考え方は、日本独特の考え方である。なぜか日本では、本や資料は分かりにくく詳細であるほど価値があると考える人が多い。ある分野の大家とされる人の文章ほど、漢字や英語の専門用語が多く使われていて、全体の文章も長くて難解だ。学校でも「本を読むときには行間を読め」と言われたことがあるだろう。よく文章を読んで考えないとその真意がつかめない文章を読むことが、当然とされているのだ。

黒板

 また、学校の定期試験や入学試験でも、教科書通りの問題は出てこない。多くの場合には、不注意を誘うような引っかけ問題があったり、応用問題があったりする。さらには、大学入試などでは、そもそもの教科書の範囲を超えたものが出題されることもある。このため、普通に教科書の内容を理解したら100点満点取れるということにはなっていない。そして、100点満点取れないのは、生徒の努力が足りないからだという認識がまかり通ってしまっている。

 このような教科書や試験による学習方法の影響で、日本では情報の受け手は本や資料をそのままさらっと読むだけでなく、努力して読み取ることも当然の責務となっているのだ。

 これに対して、アメリカなどの海外における学習方法や情報伝達のための前提はまったく異なる。そもそも、学習の目標が単元ごとに設定される。この学習の目標を生徒全員に達成させることが教師の目標である。つまり試験を受けて生徒全員が100点満点を取ることが当然あるべき結果なのだ。このため、わざわざ不注意を誘うような引っかけ問題や応用問題が出ることはない。また、当然ながら教科書にないものが試験に出るようなこともない。そして試験で100点満点を生徒全員が取れるように、教科書も授業も平易に設計されていく。

 こうした学習方法の影響で、情報の受け手が努力をして読み取るということは、もともと想定されていないのだ。海外では「行間を読む」ことを要求されることは、まずあり得ない。本や資料に書いてあることをフラットに読むことが基本的には求められている。

 こうした日本の学習方法や情報伝達についての前提が、プレゼンテーションにも大きな影響を及ぼしている。本や資料と同じに考えて、プレゼンテーションを受ける人が情報の受け手として努力することが当然とされているのである。このために、プレゼンテーションにも文字を盛り込み過ぎてしまう。また、社内でプレゼンテーションをチェックするときも、短文の「メッセージ」とグラフや図・写真のみの誰もが分かりやすい資料を作ると、「手抜き」のような気がしてしまうのだ。しかし、こうした認識は会場の人々の誰もが理解できるスライドを作るためには障害にしかならない。プレゼンテーションのスライドは、誰が見ても、その「メッセージ」がシンプルで、瞬時に分かるものでなければならない。

 重要なことは、その「メッセージ」が「戦略」に従って入念に検討され、その結果シンプルに整えられていることだ。こうしてシンプルになったスライドは決して「手抜き」ではない。上司のためのスライドを作ってはいけない。あくまでも会場の人々の誰もが一瞬で分かることを目標としてスライドを作らなければならない。

ビル・ゲイツですらPowerPointの標準フォーマットを使わないのに!

 もう1つ、プレゼンテーションのスライドが情報過多で分かりにくいものになる理由は、プレゼンテーションソフトウェアの問題がある。この分野で最も普及しているソフトウエアは米マイクロソフトのPowerPointだろう。PowerPointを使うとどうしても文字数が多くなる傾向がある。その原因はPowerPointの仕様にある。スライドにはタイトルと本文がレイアウトされ、本文には箇条書き形式で論理的な階層構造が組み込まれるという仕様だ。

PowerPoint わかりづらいプレゼンテーション用スライドの例

 こうしたPowerPointの仕様に従ってスライドを作っていくと、論理的だが非常に退屈なスライドができてしまうことになる。ビル・ゲイツ自身、このようなPowerPointのフォーマットそのままのスライドをもはや作っていないのだ。例えば、2010年の2月のロングビーチでのビル・ゲイツ財団の講演では、スティーブ・ジョブズのようなシンプルかつビジュアルなプレゼンテーションをしている(しかもビル・ゲイツの髪形とメガネもずいぶんとおしゃれなイメージになっている)。

 現在のビル・ゲイツのプレゼンテーションは、箇条書きはほとんどなく、PowerPointの階層構造も活用していない。グラフも標準的なExcelの標準フォーマットのグラフのままではない。Excelの標準のグラフにはグラフを囲むけい線が付き、縦軸、横軸に目盛りと目盛り線が自動的に入る。プレゼンテーションで使うためには要素が多過ぎるのだ。また、棒グラフではそれぞれの棒の間が空き過ぎていて、棒が細過ぎてバランスが悪い。このため見やすいグラフにするためには、標準のフォーマットから要素を取り去ることが必要になる。

 PowerPointやExcelというソフトウェアが悪いわけではない。要は使い方の問題だ。ソフトウェアの設計を考えれば、仕様としてスライドにタイトルと本文を設けることは必要だし、箇条書き形式の論理的階層構造も必要だ。もし、ソフトウェアの仕様にタイトルと本文を分けたり、箇条書きしたりする機能がなければ不便なのは間違いない。また、Excelでグラフを作成するたびに要素を追加しなければいけないのも厄介だ。標準的にあるものを取り除く方が作業の間違いは少ないだろう。

 しかし、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツですら、もはやPowerPointやExcelを標準フォーマットで使ってはいない。ビル・ゲイツでもない我々が、標準フォーマットで要素過多のバランスの悪いスライドを作らなければならない義務はまったくないのである。シンプルで見やすく、骨太な「メッセージ」の伝わりやすいプレゼンテーションを目指して、どんどん工夫をしていくべきなのだ。

孫正義流・プレゼンテーションのコツ

  1. プレゼンテーション全体の根幹になるロジックを示すスライドを一枚決める。プレゼンテーションが複雑なロジックでできているのであれば、それは一つ一つのロジックが弱いからだ。枝葉のロジックは落として、来場者に最も強くインパクトを与える「戦略的」な価値のあるスライドを一枚作ることが重要だ。
  2. スライドは文字と図が多い「読み物」として作ってはいけない。情報の受け手に努力を要求することは、自己満足にすぎない。あくまでもスライドは、誰もが一目で理解できる必要がある。
  3. スライドを、PowerPointやExcelの仕様に合わせて作る必要はない。一瞬で理解できず、じっくりと目を凝らして読まなければならないスライドは、聴衆の集中力を低下させ、コミュニケーションの阻害要因となってしまう。

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