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チームの結束に――短編ビデオを撮影してみる樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」

すでに15年以上前に短編ビデオの公募があった。それを見て、私は勝手に「これだ。ようし、これに私のチームで参加しよう」と決めた。というのもチームの結束が強まると思ったからだ。

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 すでに15年以上前に短編ビデオの公募があった。それを見て、私は勝手に「これだ。ようし、これに私のチームで参加しよう」と決めた。というのもチームの結束が強まると思ったからだ。シナリオも監督も私だ。

 書きあげた台本は「見せるワクチン 子供の誘拐対策トレーニングビデオ」だった。子供たちがこのビデオを見れば、知らない人に付いて行くことだけはしないようになる――それを目指した“見せるワクチン”だった。

H君、すごいよ! その目つきも、態度も……

 さっそく提案したら、「面白そうだ」「やりましょう」「いいですよ。僕が主演男優ですね」という感じ。犯人役は我が営業チームの若きエースであるH君。先ほどはOKと言ったはずなのに、台本を見て「嫌だ、嫌だ」とゴネた。だが「我々の社会貢献だよ、これは。子供を守らなくちゃ。私の目は確かだ。君が適役に違いない」としつこく説得し、納得させた。

 ただ、子供が出てこないと対策トレーニングにならないので、知り合いの警察官の奥さんと子供さんたちに頼んで出てもらうことになった。土曜日、我が撮影チームは車に乗って、都内の公園についた。

 リハーサルが始まった。まず、女の子が公園で遊んでいて、そこに雰囲気は若干怪しいが、実は普通の通行人のビジネスマンT君(彼も部下)が、「○○に行くにはどっちか知ってる」「○○は、あっちだよ」と女の子が答える。

 「ありがとう」。ビジネスマン(T君)は普通に去っていく。何も起こらない。公園では再び、その女の子だけとなる。しばらくして、“本命”のH君がブランコの影から、いかにも怪しく、じっとその女の子を眺めて、ゆっくりと近づく。

 「カット!」。H君よ、すごい!! その目つきも、態度も本物の犯人のようだ。「……あのう、僕やっぱりやめます。オヨメさんのなり手がなくなります」「まあ、まあ、まあ」と引き止める。「そのまま頑張って。なるべく自然体でやってくれ。はい続きを」と強引に続けた。

 H君は、さっきのブランコの後ろから、ゆっくりとその女の子のところに行って、「お嬢ちゃん、この辺りにお菓子屋さんはある?」「あっちにあるよ」と女の子。「じゃあ、おじさんを案内してくれないかなあ。お菓子ごちそうしてあげるよ」とマニアックに話す。迫真の演技だ。

 その女の子は突然黙って走り出した。「知らない人に付いていかないの」と言いながら。「ちぇ、マセたガキだ」と、犯人はふて腐れる。画面が変わって、今度は、別の子供が1人で三輪車に乗って遊んでいる。もう夕方になったので、友達はみんな家に帰ってしまったという設定である。

 その子だけは、まだ砂場で遊んでいる。そこに来たのは、犯人役のエース。「坊や、この辺りにお菓子屋さんはあるか?」「あっちに行ったらあるよ」「おじさんを案内してくれないかなあ。お菓子をごちそうするよ」。H君の演技は、本当に怖かった。

 「ああ、いいよ」と三輪車を置いておじさん(H君)と一緒に公園の林道に消えていく。

 「キャー、助けて」と林の中から叫び声。「うるさい。静かにしろ」と大声が聞こえて再び静寂。しばらくして犯人が大きなスーツケースを押して、重そうに消えていく。再び静寂。そして、お母さんが子供を探しに来た。「夕ご飯ですよ、○○ちゃん。どこ、○○ちゃん」と呼ぶ。

 ふっと見ると、○○ちゃんの三輪車が転がっている。それを見て、お母さんは、「○○ちゃん、○○ちゃん」と絶叫する。ここは監督(私)の指示で絶叫するべしとしていた。お母さんの叫び声を、子供たちの鼓膜に焼き付けておこうというのが狙いだ。これを外付けマイクでばっちりと録音した。映像では同時にテロップが流れる。

  • 独りで遊ばないように
  • 知らない人には、絶対に付いていかないように

 と表示してこの短編を終えた。ブーブー言っていたH君も“大役”を終えてホッとしている。「将来は、もっとでかい作品を作ろう。君と一緒だ」「今度は何をやらせるのですか」「今の段階では決めていない……」

結局チームの結束は!?

 私はそのビデオフィルムの編集に取り掛かり、完成させて応募した。結果? 当然とある部門の大賞だ。賞金○○万円は、その短編ビデオの作成に参加した全員(子供を含めて)で公平に頭割りに。副賞の電子機器は、のこぎりで切り分けることができないので、私が使うことにした。

 大賞受賞の記念飲み会は大いに盛り上がった。チームの結束もさらに良くなった。私にとってもシナリオを書く練習となり、短編ビデオ作製も良い体験となった。ただ飲み会の終りに、危うく賞品の副賞の電子機器の行き先が話題になりかけて「部長、ところであの副賞はどうなったんすか、あれは」と“犯人”が言う。「わ、まだ覚えているのか。この前ちゃんと説明したぞ。そ、それを、またぶり返すな。忘れろ」と話をはぐらかせたことを思い出す。

今回の教訓

 部長、ずるいや――。


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著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

 1946年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「感動する科学体験100〜世界の不思議を楽しもう〜」(技術評論社)も監修した。近著は「仕事ができる人のアイデアマラソン企画術」(ソニーマガジンズ)「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちらアイデアマラソン研究所はこちら


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