今振り返れば、次々とローンを組ませたのも、自分を借金漬けにして会社を辞められなくするためだったのではないかと、山本さんは考えている。いずれにせよ、当時の山本さんは、最初の妻と離婚したり、注意散漫で自動車事故をたびたび起こしたりし、精神的にかなり参っていた。
そんなある日、納入先の大手家電メーカーの本社に呼び出され、こっぴどく怒られた。はんだ付けした部分に小さな気泡が見つかったといった、山本さんにしてみれば取るに足らないことだった。しかし、「損害賠償金を1億円払え」などと半ば脅しのようなことまで言われ、気が滅入(めい)った。
気分を晴らすため、帰りに焼き鳥店に寄り焼き鳥を注文したら、裏側が真っ黒に焦げていた。「こんなの食えねえよ」と文句を言ったら、「ごめんね、でもこれくらい食べられるよ」と軽く返された。はんだ付けの部分に小さな気泡があるだけで罵声を浴びせられたばかりの山本さんは、「飲食ってこんなにファジーなのか」と驚いた。同時に、「飲食も、精密機械の製造のようにもっとシステマチックなやり方でやれば面白いんじゃないか」とひらめいた。生まれ持った起業家精神が突如、日々の抑圧を突き破って、頭をもたげたのだ。会計を済ませた時、焼き鳥店をやると心に誓った。
後日、出張先の大阪で、社長と酒を飲みながら激しい口論になった。社長がいきなり、山本さんの片腕として働いていた社員を首にしろと命じたからだ。心斎橋の真ん中で殴り合いになり、黒山の人だかりができた。山本さんはついに会社を辞める決心をした。31歳。3500万円の借金を抱えていた。
「あのころは、地獄のような10年だった」と山本さんは当時を振り返る。しかし、同時に、「あの時の仕事の経験がなかったら、今の自分はなかった」と言い切る。(後編に続く)
猪瀬聖(いのせ ひじり)
慶應義塾大学卒。米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。日経では、食の安全、暮らし、働き方、ライフスタイル、米国の社会問題を中心に幅広く取材。現在は、主に食の安全やライフスタイル、米国の社会問題などを取材し、雑誌などに連載。また、日本人の働き方の再構築をテーマに若手経営者への取材を続け、日経新聞電子版などに連載している。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパート。
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