前回の記事にもあるように、2005年にセーレンは「再生不可能」と言われたカネボウに手を差し伸べ、繊維事業を買収した。事業統合に際し、一番の難所は「人」だった。福井県鯖江市と滋賀県長浜市(一部、山口県防府市)の工場に、計800人以上いた社員をどうやって取り込んでいけるかが鍵となった。
さらに厄介な問題もあった。
「確認ミスで、工場の社員はカネボウの労働組合に入ったまま、セーレンの社員になってしまったのです。彼ら、彼女らは、セーレンに買収されると何をされるか分からない、対抗しないといけないという不安を抱えていたことでしょう」
旧カネボウの社員の気持ちを懐柔するために川田氏がやったこと。それは、全社員に会うという、実にシンプルなものだった。毎日午後5時以降に工場へ訪れては、全員と話をして、セーレンのことを理解してもらう。意識や価値観の共有のためには、何度も会って対話をした。その結果、1年後にはカネボウの労働組合から脱退し、名実ともにセーレングループの社員となった。
「結局、現場の人がその気になってくれるかどうかなんです。エネルギーはいりましたが、最終的にうまくいきました」
ただし、意識の共有だけでは足りないと川田氏は強調する。成功体験を示すことが現場とのきずなを強固にするのだという。
「一緒に成功体験を作っていくことを心掛けました。一つ成功すると、またそこでモチベーションが上がります。小さいことでも成功の積み重ねが、最終的には大きな成果に結び付くのです」
信頼を得るには、成功体験を示し、共に味わうことに尽きる。そこから社員は学んでいくからだ。裏を返せば、たとえ一生懸命やっても、成功しなければ誰もついてこない。ただ言っているだけの人になってしまう。
「成功体験は非常に説得力があります。『不可能を可能にするのがわれわれの仕事』だという合言葉のもと、土日もなく走り回り、必死に成功体験を積み重ねていきました」
このときの奮闘が、同社のビジネスの礎になっていることは間違いない。
現場主義を掲げる企業は多い。セーレンが成し遂げた事業成長も、現場なくしては不可能だったことは明白だろう。今でも現場にこだわる川田氏の言葉と実践から、ビジネスパーソンが学ぶことは多いはずだ。
伏見学(ふしみ まなぶ)
フリーランス記者。1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。
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