流行(はや)り言葉のように「イノベーション」「変革」といったフレーズが氾濫している。
昨今は、企業経営者だけでなく、国の高官までもが当たり前のように口にする。事実、岸田文雄首相の所信表明演説でも、成長戦略の最重要事項としてイノベーションが掲げられた。それだけ今の日本に求められていることの表れなのだろう。
一方で、安易に使われるきらいもあって、果たしてこれが本当のイノベーションと呼べるものなのかという疑わしい事案もビジネスの世界には散見される。
そうした見地に立ったとき、総合繊維メーカー大手のセーレンが30年以上前に成し遂げたことは、正真正銘のイノベーションと言っていいだろう。何しろ、それまで100年も続いたビジネスモデルを否定し、さらには繊維業界の常識を壊すことによって業績を飛躍的に伸ばしたのだから。
その陣頭指揮をとったのが、創業家から経営を託され、当時47歳という若さで社長に就任した川田達男氏(セーレン現会長)である。
セーレンの川田達男会長兼最高経営責任者(CEO)。1940年、福井県生まれ。62年に明治大学経営学部卒業後、福井精練加工(現セーレン)入社。87年、社長就任。その後、最高執行責任者(COO)、CEOを兼務し、2014年から現職「100年やってきたので、今までの延長で何とかなるはずだと皆が思っていました。古い企業だけに、新しい挑戦や変革に対する抵抗がすごく強かったし、100年続いた仕事を否定するなんて許されないことでした。まだ昔の繊維産業のDNAは社内に残っていますよ。それとの戦いは続いています」
いくつもの窮地を救い、倒産寸前だったセーレンを再建した川田氏。今回のコロナ禍も耐え凌ぎ、2022年度には過去最大となる売上高1250億円を見込む。セーレンをここまでの企業に育ててきた川田氏が常に標榜(ひょうぼう)してきたのは、「革命」という二文字だ。
「目指したのは改善でも改革でもない。壊して作るという革命なのです」
川田氏が推し進めた革命の核心に迫る前に、セーレンの歩みについて触れておきたい。 福井市に本社を構えるセーレンの創業は1889年。絹織物を精練(繊維から不純物などを取り除くこと)する会社としてスタートし、途中から染色加工をメインの事業にしていった。
福井県は古くから日本有数の繊維の産地として知られ、江戸時代には絹織物業が福井藩の財政を支えた。現在でも合繊長繊維織物については全国で約4割のシェアを持つ。
明治時代以降、繊維産業そのものも日本の基幹産業として発展。1950年代初頭までは輸出額の約半数を繊維が占めるほどだった。工場で織機をガチャンと1回動かすたびに万の金がもうかるという「ガチャマン景気」真っ只中のそのころ、福井経済も繊維によって大いに潤った。福井市内には数百人もの芸妓が在籍し、歓楽街では毎晩のように札束が飛び交う光景が広がっていたという。セーレンも業績をぐんぐん伸ばし、73年には東証・大証ともに一部上場を果たす。
ところが、それに前後して、繊維産業に暗雲立ち込める “事件”が起きる。71年のニクソン・ショック、73年および78年のオイルショック、85年のプラザ合意による円高などによって、繊維の輸出は大打撃を受ける。長らく日本の経済を支えた繊維は一気に斜陽産業へと転落した。当然のように、セーレンの売り上げもつるべ落としに。
「71年から87年までの16年間は、これまでの資産で食いつないでいた状態でした」と川田氏は振り返る。
しかし、人間というのは一度味わった成功体験から抜け出せない。セーレンの経営幹部をはじめ、ほとんどの社員は危機意識を持たず、これまでの仕事のやり方を踏襲した。
「繊維業は、産業というよりは農業だったんです。綿、麻、絹などを1年かけて収穫して、1年がかりで売れるかどうか分からないものを作る。農業ですから仕事も分業。製糸、染色、縫製、問屋と全部分断していて、プロセスごとに業界が成り立っていました。われわれはその一つにすぎず、トータル的に儲(もう)けは増えません。納期は曖昧で、工程が細分化されているため品質管理ができない。問題が起きてもどこが原因か分からないなんて、これは産業ではないですよ。繊維業界で生きている分にはいいけど、異業種ではこんな非常識なビジネスは通用しません」
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