日本でもコロナワクチンの3回目の接種が始まった。採用されたワクチンの1つはモデルナが開発したものだ。2010年に米国で創業したこのベンチャー企業は、日本ではあまり知られていなかった。しかし新型コロナウイルスのワクチンの普及によって、一躍有名になったのだ。
同社はメッセンジャーRNA(mRNA)分野の研究に始まり、多様なワクチンと治療薬の製品、臨床開発段階のプログラムを有している。ITmedia ビジネスオンラインは21年11月に日本法人モデルナ・ジャパン(東京都港区)のトップに着任した鈴木蘭美社長(医学博士)に、話を聞くことができた。
鈴木社長は、モデルナ入社前は同じく製薬企業のフェリング・ファーマのCEO兼代表取締役を務めた。それ以前は、ヤンセンファーマのビジネスデベロップメント本部長やメディカルアフェアーズ本部長、エーザイの事業開発責任者などを歴任したプロ経営者だ。1999年に英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで医学博士号も取得している。
【前編】コロナワクチンで彗星のように現れたモデルナ 日本法人の女性トップ「ワクチンはやがてオーダーメイドになっていく」では、日本市場での展望を聞いた。後編では鈴木社長のキャリアやモデルナの文化などを聞く。
鈴木蘭美(すずきらみ) 15歳で単身で英国に留学。University College Londonにて医学博士号を取得、Imperial College Londonでポストドクの研究を経て、ロンドンでベンチャーキャピタル事業に携わり、その後エーザイの執行役(コーポレートビジネスデベロップメント担当)、ヤンセンファーマのビジネスデベロップメント本部長並びにメディカルアフェアーズ部門本部長、フェリングファーマのCEO代表取締役を務めた。2021年11月8日にモデルナ・ジャパン代表取締役社長に就任。3児の母(撮影:山崎裕一)――鈴木社長は医学博士でもあります。どういった研究をしてきたのですか?
ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンやインペリアル・カレッジ・ロンドンで乳がんの研究をしてきました。その後、2001年に同じ研究者である夫のアドバイスもあり、当時の日商岩井(現双日)傘下のベンチャーキャピタル企業、ITXのロンドン支社に入りました(ITXは後にオリンパスが買収。現在はノジマグループ)。イスラエルを含む欧州のライフサイエンスのベンチャー企業に投資をする仕事でした。
ベンチャーキャピタルの仕事は大変面白いのですが、アイデアが治療として患者さんに届くまでに10年以上かかるため、もう少し患者さんに近くなりたいと思い、04年にロンドンにあったエーザイ・ヨーロッパに転職しました。エーザイに入ったときはガン専門で始めて、その後、神経疾患、免疫疾患、希少疾患などいろいろな領域の事業開発の責任者を務めました。
06年に日本のエーザイ本社に移転し、最後のポジションは執行役としてコーポレートビジネスデベロップメントを担当していました。17年からはヤンセンファーマで前立腺ガン、血液ガン、免疫疾患、結核などの仕事に携わり、事業開発本部長、そしてメディカルアフェアーズ本部長を務めました。そして20年にフェアリング・ファーマの日本法人で代表取締役兼CEOとなりました。
――モデルナ・ジャパンの社長を引き受けた理由は?
メッセンジャーRNA(mRNA)の力に目覚めてしまいました。これまで自分の志としてガンを完治することと、認知症を予防することを目標に仕事をしてきました。ですが、なかなかそこにたどり着けていない現実もあります。前進はしているものの、一刻も早く革新策を講じる必要がある。mRNAを使えば、感染症はもとよりさまざまな疾患の治療と予防ができると感じました。
――モデルナの日本法人はいつできたのですか。その役割は?
登記は21年4月です。主な事業はワクチンの販売、供給、開発となります。臨床試験に入る前の研究では大学や他社とのコラボレーションもあると思いますが、治験という観点では、40本を超える新薬候補の開発を日本で実行できるチームを構築していきます。
なぜこのタイミングで設立したかといいますと、日本という市場の重要性があります。世界に誇る国民皆保険の国ですし、健康長寿の国でもあります。科学立国としての研究の質の高さもあるので、たくさんの研究機関と協業していきたいと思っています。
すでにモデルナは16年ころから日本のアカデミアの方と共同研究を始めていました。鹿児島大学とは希少疾患についての論文を一緒に発表しています。名前は明かせませんが、現在もほかの大学とも研究を進めています。
――日本にモデルナ直営の研究機関を設立することは考えているのでしょうか?
今のところ研究センターを置く予定はありません。現在の従業員は10人ほどですが、今後どんどん会社を大きくするわけではなく、少数精鋭の組織を作っていこうと考えています。むしろ日本の研究機関、大学、他社には優秀な方々が既にいらっしゃるので、さまざまなパートナーシップを通じて、少人数でも最大限のことを成し遂げていきたいです。
――米ボストンの本社に行き、ステファン・バンセルCEOとは日本市場を含めどういった話をしたのですか?
1週間ずっと一緒にいました。彼は数年間日本に住んでいたことがあり、その際にはO-157の研究などをしていたようです。日本で3回目のワクチンを接種する人の約85%は30歳以上です。日本は高齢社会ということで、他国と比較しても年齢が高めです。その中で100歳を超えている人たち、百寿のワクチン接種者が7万人以上いることを説明しました。ステファンは「日本に貢献できてうれしい」と語っていました。
経営面では、パンデミックの前は社員が800人ぐらいだったのが、21年9月現在で2400人に急拡大しています。モデルナには「Our Values−How we all behave」「Our 12 Mindsets」という指針がありまして、モデルナの考え方や文化を、新しい社員に対してかなり丁寧に説明しています。
ステファンは私にもバリューの意義を熱く語ってくれました。その中で「We accept risk as the only path to impact」(私たちは、インパクトに至る唯一の道としてリスクを受け入れます)という印象的な項目があります。
――医療企業がリスクを取るというのは怖い感じもしますが。
ここでのリスクとは、人の命とかコンプライアンスについてリスクを取るという意味ではありません。お金や事業のリスクを取るのです。数年前モデルナが工場建設への投資をするというとき、当時の企業規模では大きなリスクでした。
「いろんな評価を6カ月かけて行うのではなく、今ここで、みんなで決めよう」とステファンが提案し、取締役会で決断したのです。新型コロナのワクチンについても、第2相試験の結果が出る前という、白と出るか黒と出るか分かる前に、先行投資として工場の建設を開始しました。
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