「ChatGPTやAIツールを全社に配ってはみたが、社員個人の作業が少し速くなっただけで、会社全体は一向に変わらない」――。
生成AIへの過度な期待が一巡した今、多くの企業でそんなため息が広がっている。矢野経済研究所によれば、国内で生成AIを「全社活用」できている企業がわずか11%にとどまっている状況だ。そんな中、顧客基盤大手のセールスフォース・ジャパンの社内では、実に300ものAIエージェントが自律的に動き回っている。
同社がAIエージェントを使い実践するのは、現場任せの「ボトムアップの効率化」ではない。「どの業務をAIに任せ、どこに人を配置するか」を経営陣が定め、業務フローの再設計から人員配置までをセットで組み替えるトップダウンの組織マネジメントだ。
経営戦略を統括する同社の専務執行役員COO(最高執行責任者)田中遼太氏自らが指揮を執り、インサイドセールスの再編や大企業向け専門部隊(ECS)の新設など、AI導入と連動したダイナミックな組織改革を断行してきた。
野放しにすれば現場で個別最適化され、管理不能に陥る「野良エージェント」をどう防ぐのか。個人効率化の壁を突破し、組織全体をAI変革(AX)へ導く「4R」のフレームワークとは――。田中COOに、人とAIが肩を並べて働く「次世代組織」のリアルと変革の極意を聞いた。
――AIを導入しても業務量が増えるだけで忙しさが変わらず、DXやAXといった企業変革になかなか結び付かないケースがあります。それはなぜなのでしょうか。
企業変革の目的が明確かどうか、そしてそれを定量化して効果を測る仕組みがあるかどうかの2点に尽きると考えています。現場に新しいツールがあり、それを試してみて効果を確かめること自体はできます。
ただ何の目的でそのツールを使うかは、現場ごとに委ねられているのが実情です。そこから見つかった良い使い方を集約し、全社的に展開していくこと自体は、ボトムアップの発想として成立します。しかし、それはあくまで個人の業務改善の範囲にとどまりがちで、会社全体・チーム全体として見たときに、それが既存のワークフローを変革することになっているのか、全社的な観点で最適化されているのかという議論が抜けてしまいやすいのです。
そこまで踏み込むには、ある程度トップダウンで企業変革の目的を定め、場合によっては社内プロセスの変更も含めて、どのような効果を求めるのかを組織としてすり合わせた上で実行していく必要があります。そうでなければ、属人的な議論にとどまってしまうと思います。
――セールスフォース・ジャパンでは、AI活用を営業組織の変革と一体で進めていますね。両者はどう結び付いているのでしょうか。
当社では今、営業における人の動きや組織としての変革と、AIの活用を密接に連動させて進めています。一般的な「AI活用」は、現場の一人一人がコミュニケーションツール「Slack」の機能や「ChatGPT」「Gemini」といった汎用(はんよう)的なツールを使う形が中心だと思います。私たちが取り組んでいるのはそれとは異なり、まず経営として「どの業務をAIに任せ、どこに人を配置するか」を決めた上で、業務フローや人材配置そのものを変えていく進め方です。
現場のメンバーが個々にAIツールを使うボトムアップの取り組みも、当社ではもちろん行っています。それに加えて、営業改革を起点にした経営課題に対するAI活用を、業務フローや人材の流れの改革と合わせて進めています。仕組みだけを変えても、その仕組みを動かす人の配置や役割が旧来のままでは機能しません。両方を同時に変えることで、初めて機能する取り組みになると考えています。
――社内では既に多くのAIエージェントが動いていると思います。うまくいかずに見直した取り組みもあるのでしょうか。
細かいものまで数えれば、数多くあると思います。現在、社内では300ほどのAIエージェントを使っていますが、生まれては役目を終えてなくなるということを繰り返しています。
ポイントは、特に「目的がはっきりしているか」「効果を測定できるか」の2点です。この両方が満たされているものについては、トップダウンで進めて全社的に広げてもうまくいきます。一方、その2点があいまいなままだと、現場ごとに個別最適化された、いわば管理の行き届かない「野良エージェント」のような状態になりがちです。つまり、使う人は使うけれども、使わない人は使わない状況に陥りやすいということです。
例えば、営業現場でのパイプライン管理は、どのマネジャーも担当者も実行していることですが、そのやり方にはいろいろなパターンがあります。何をもって「パイプラインの質が上がった」と見なすかという評価軸も、目的が変われば内容が変わってきますので、人によって使い方が異なるケースが出てきます。
こうした場合は、全社的な導入プロジェクトとして一律に定義するのではなく、個人に一定の裁量を与える方がよいと考えています。AIエージェントを現場で自由に使ってもらい、時間短縮などの成果を各自で上げてもらう方が向いていると気付きました。
――セールスフォース社内では、どんな枠組みでAXを進めているのでしょうか。
当社では「4R」というフレームワークを使っています。リデザイン(Redesign)、リスキル(Reskill)、リデプロイ(Redeploy)、リバランス(Rebalance)の4つです。
リデザインは、ビジネスと組織のモデルそのものを再設計し、何を人が担い、何をエージェントに任せるかを見直すことです。前編【「AI、結局使えないじゃん」問題 セールスフォースが431万件対応で導いた正解】でお話しした例で言えば、スコアの高いリードについては社員(人)が、低いリードについてはエージェントが担当するという判断がこれにあたります。
リスキルは、リデザインしたことを実行するために、人もAIもスキルを高めていく取り組みです。マネジャーがAIを活用し、いかにして生産性を上げるかという議論に加え、業務フローそのものをマネジャー自身が変えていく必要も出てきています。単に人を管理・コーチングするだけでなく、業務フロー自体を改革していくスキルが今後より求められると考えています。
リデプロイは、人材を適材適所に再配置していくことです。大企業向け専門部隊である「エンタープライズ・コーポレート・セールス」(ECS)の新設も、その一例です。
当社の顧客は大企業から中小企業まで幅広く、特に複雑性の高い大企業向け領域では、規模の大きい商談と、定型的な問い合わせを切り分けて対応する必要があります。そこで、オンラインやAIエージェントで対応できる定型業務はAIに任せ、人はより複雑でインパクトの大きい商談にリソースを集中させる。そうした狙いから、通常のアカウント営業と連動する専門部隊としてECSを立ち上げ、インサイドセールスの一部リソースをそちらへ移しました。
最後のリバランスは「エージェントに任せる領域をさらに広げられないか」「より良いやり方はないか」を継続的に振り返り、役割やリソース配置を繰り返し見直していくことです。
――こうした4Rの取り組みによって、現場のマネジメントの在り方にも変化があったのでしょうか。
大きく変わったと感じています。これまで「人を管理するマネジャー」はいましたが、「エージェントを管理するマネジャー」はいませんでした。現在では、現場のマネジャーが、Webサイトの裏側で稼働する顧客育成(ナーチャリング)や関係構築(エンゲージメント)を担うAIエージェントのスケジュール設定やメール送信といった業務を、人のマネジメントと合わせて行っています。
また、戦略部門にはこれと連動するカスタマーゼロ(自社実践)のチームがあり、現場と本社側のテクニカルサポート担当者との間に入って品質向上やグローバルチームへのフィードバックを担う担当者もいます。この担当者はマネジャー職ではないのですが、実質的にエージェントのマネジメントに近い役割を担っています。
従来はマネジャーだけが人を管理する立場でしたが、今ではマネジャーが人とエージェントの両方を管理するケースや、これまで人を管理していなかった担当者がエージェントの管理という新しい役割を担うケースも出てきており、新しいキャリアの機会が生まれていると感じています。
今後、マネジャーに求められる役割も変わっていくと考えています。特に全社的なトップダウンの取り組みでは、単なる管理者としての役割よりも、人にしかできないコーチングの領域や、より能動的に業務変革を進めていく力、そして人間関係を構築する力というスキルがより重要になってくると考えています。ただし、これはトップダウンだけで完結するものではなく、ボトムアップの取り組みと組み合わせることによって、効果が最大化すると考えています。
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