クラウドとデスクトップの区別は「なくなる」――弥生がSaaSに描く未来

弥生の“SaaS宣言”から4年。第1弾として、個人事業主をメインターゲットとした経営支援サービスを発表した狙いは何か。会計ソフトのクラウド化への道のりは――。岡本浩一郎社長に聞く。

» 2012年08月23日 08時00分 公開
[本宮学,ITmedia]

 「SaaSを事業の柱に育てる」――2008年4月、弥生の岡本浩一郎社長が自らの就任会見でそう宣言してから4年。同社は今年7月、満を持してSaaS型の経営支援サービス「やよいの店舗経営 オンライン」を発表した

photo 「Twitterなどで弥生会計のSaaS化を望む声をいただくこともあるが、絶対数としては(SaaS化を望むユーザーは)それほど多くないのでは」と話す岡本浩一郎社長

 しかし、なぜ「弥生会計」「やよいの青色申告」などの主力パッケージ製品ではなく、経営支援の分野でSaaSを始めるのか。「意外だと思う」と岡本社長は言う。4年前の就任会見当時は「会計ソフトをSaaS型で提供するという発想だった」ものの、次第にクラウドに対する考え方が変化してきたという。

 岡本社長によると、会計ソフトのSaaS版を出さなかった理由は大きく2つ。1つ目は、「現時点で提供できるものとユーザーが求めるものとの間にギャップがある」ということ。もう1つは、同社のビジネス戦略の変化にあるという。

 提供できるものとユーザーが求めるものとのギャップについて、岡本社長は「現時点で既存の会計ソフトをSaaS化しても、使い勝手がデスクトップ版と比べて劣ってしまう」と説明する。例えばキーボードで操作した際の細かい挙動など、デスクトップ版と変わらない使用感をSaaS版でも実現することは難しいという。

 そこで今後は、既存の会計ソフトを完全にSaaS化して提供するのではなく、ユーザーが操作するフロント部分をデスクトップ版として残し、データベース部分のみをオンライン化した“ハイブリッド版”として提供していく考えだ。これによりユーザーは、会計ソフトの使用感は従来通りのまま、複数人での共同作業といったクラウド化の利益を得られるという。「5〜10年後にはクラウドとデスクトップの区別はなくなる」と岡本社長は意気込む。

 一方、会計ソフトの既存ユーザー向けにSaaS版を提供するのでなく、SaaSによって新規市場を開拓したいという戦略面の変化もあったという。こうした狙いを込めて同社が発表したのが、やよいの店舗経営 オンラインだ。

 同サービスは、小売や飲食、理美容といった個人事業主向けに、経営管理ソフトの機能をSaaS型で提供するもの。弥生と提携する会計事務所経由で提供され、ユーザーは日々の入出金や売上日報などのデータを専用サイトに登録すれば、売上や利益などの進捗、予想といった経営情報を参照できる。また事業主が提携する会計事務所は、専用サイトからデータを「弥生会計AE」にインポートし、月次報告書や決算書などの作成に利用できる。

photophoto 毎日の売り上げを入力していけば、グラフで経営状況を把握できる

 「多くの個人事業主は会計帳簿をデータとして持ってはいても、経営に活用できているケースは少ない」と岡本社長はみる。同サービスはグラフィカルな画面を採用し、会計簿記の知識が少ない“経営初心者”でも利用しやすくしたことで、ユーザーが日々の売り上げデータを「即座に活用できるようにした」という。

 また同サービスは、提携する会計事務所側にもメリットがあるという。「会計事務所としては、顧客からデータを丸投げされてしまうと利益率がむしろ下がってしまう問題があった」(岡本社長)。同サービスでは、会計ソフトを利用したことのないユーザーがある程度自分でデータを管理できる「半自計化」により、会計事務所の業務効率化にもつながるという。

 弥生はこのサービスを、これまで会計ソフトを利用していなかった小規模事業主をメインターゲットとして提供していく考えだ。同社の調べによれば、法人の場合は会計ソフトのユーザーと記帳代行利用者の割合がともに5割弱で「ほぼ同じ」だが、個人事業主の場合は記帳代行の割合が高いという。「今まで訴求してきた法人市場より、もっと広い市場を狙える」と岡本社長は意気込む。

 「クラウドでもパッケージでも、ツールは顧客にとって手段に過ぎない。顧客にしっかりと事業を達成してもらうことが目的だ」と岡本社長。弥生は今後「技術」と「顧客の価値」のバランスを取りつつ、SaaS事業の拡大を目指していく。

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