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「KURO」が示すディスプレイのトレンド麻倉怜士のデジタル閻魔帳(3/3 ページ)

» 2007年09月28日 08時33分 公開
[渡邊宏,ITmedia]
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――KUROといえば2万:1というコントラスト比に注目しがちですが、大切なのは絶対的なコントラストであるということでしょうか。

麻倉氏: 「黒が黒く沈んでいる」。これがコントラストの正しい考え方です。いくらコントラスト比の数値が高くても、黒が浮いていては意味がありません。「絶対黒」を下げるのが正しいのであって、その意味でKUROはこれまでになかった黒を表現しているのです。10ビットパネルでは階調数は1000になりますが、2万:1という高いコントラスト比では階調を追従させることが困難になります。それを含めてすべてを黒くするだけではなく、黒のグラデーションを自然に表現しているところがKUROの凄いところですね。

 「オペラ座の怪人」のワンシーンで、暗い屋上でクリスティーヌとラウル、ファントムが相まみえる場面がありますが、KUROでこの場面を見るとクリスティーヌとラウルの顔に多彩なグラデーションを見ることができ、画面に彩りを加えています。暗い場面から明るい場面に切りかわったとき、どれだけ滑らかに、リニアに追従できるかも重要ですが、KUROならばそれができます。

 最近では高いコントラスト比をアピールするディスプレイも増えていますが、「黒が沈んでいるけれど、階調が追従していない」ものも見受けられます。2万:1という高コントラスト比ながらも黒部の階調感が失われていないのも、KUROの素晴らしい点だと思います。

 色再現性に注目しても、黒の沈みに助けられ色の深みを味わえます。「オペラ座の怪人」を例に出せば、暗いシーンでも色が鮮やかです。他のディスプレイでは黒の階調に入ると彩度が落ちることが多いのですが、KUROでは黒い映像の中に高彩度の被写体があっても沈むことがありません。「黒が沈んでいる」という環境下で、彩度感がこれまで秀逸に映し出すディスプレイは数少ないのです。

 明るい場所でもコントラストが保たれているのも大きな特徴といえるでしょう。最近ではフラットディスプレイの表面処理にも変化が起こっており、これまでノングレア処理が主流だった液晶にも反射処理を施す製品が登場したほか、アンチグレア処理で映り込みの抑制を狙うプラズマも登場しています。

 KUROには天井からの映り込みを抑制するアンチリフレクション処理が施されており、明るい場所でも、ある程度は暗い場所で感じられる艶を失いません。プラズマ=暗いところで見る、を覆すひとつのアプローチとして注目ですね。KUROは画質力が圧倒的なので映画などの鑑賞に適するというのが通説ですが、フツーのテレビコンテンツ用のディスプレイとしても適していますね。また、テレビ内蔵のスピーカーの音質としても、斯界で最高峰ではないでしょうか。

photo 「新・ダイレクトカラーフィルター」のない左側とフィルターありの右側

KURO出現の影響

麻倉氏: 液晶とプラズマを対立的な構図で語ると、これまでは液晶が猛追してきたという印象があります。液晶もだんだんとプラズマに近づいてきたのですが、ここにきてKUROによってプラズマが再び突き放したといえます。私に言わせれば、一部にビクターなどの例外はあるものの、基本的に液晶はまだ「表示」のレベルですが、プラズマはパイオニアのPDP-5000EXから「表現」の世界に入り、KUROによってさらに進化したと言えます。

 パイオニアがKUROで実現した映像革命はある種のベンチマークといえ、今後、すべからく他社の目標となります。コントラストや精細感といった映像表現のすべてが他社にとっては指標となるはずで、結果としては競争を生みだし、業界へ好影響を与えることになるでしょう。これはとても良いことです。日本のディスプレイ産業は最終的に「画質」を強みにしなければ世界的な競争力を育むことにならないはずで、その観点からも好ましいと思います。

 そのパイオニアとしてもKUROの登場は大きな変換点となります。同社はそもそもオーディオメーカーとして出発したという歴史もあるので、「分かる人に分かる製品を届ける」というスタンスこそ、採るべきものではないでしょうか。ディスプレイ製造についても、ふり返ればLDが高画質だからという理由で参入したぐらいですから。コダワリある人へコダワリある開発陣が、コダワリのあるモノを届ける――いわば、コダワリの三重奏――が同社の物づくりの基本といえるでしょう。

 価格競争は体力ある企業に任せればいいのであって、パイオニアらしいモノづくりを進めていくのがパイオニアのとるべき戦略でしょう。これは他社にもいえることです。ディスプレイにおいて大画面/低価格化を進めるという均一化戦略は、ユーザーにとって低価格化が進むという利点を生み出しますが、モノが平均化して詰まらなくなるというデメリットもありますからね。

 テレビとしての基本性能を満たすことを目指す製品を否定する訳ではないですが、「表現」ができる製品も登場し始めていることですし、「ハイクラステレビ」というジャンルが定着してくれるといいですね。これまで、高級テレビはイコール大画面テレビでした。今後はコダワリと個性が入り込んだスペシャルな製品が、そうした新たなジャンルを開拓してくれればと思います。

 テレビというとリビングに置かれる生活必需品という側面ばかりが注目されますが、個人の好みや趣味、テイストがより重視されるようになれば、リビングだからこそ求められた「大画面」という要素の重要度は下がり、「小さくても個性的な画質」をもつ製品が存在できる可能性もあるでしょう。

 FEDやSEDのといった次世代ディスプレイの製品化も現実味を帯び、その下地は整いつつありますし、KUROの登場で各社も刺激されているはずです。各社がそれぞれのアプローチでKUROを追い越す「ハイクラステレビ」を登場させることを熱く期待します。

photo “画質の鬼”ながら津田塾大学の講師(音楽史、音楽理論)まで務める麻倉氏はピアノの腕前もプロ級。自宅の専用シアタールームにあるスタインウェイのピアノで腕前を披露

麻倉怜士(あさくられいじ)氏 略歴

 1950年生まれ。1973年横浜市立大学卒業。 日本経済新聞社、プレジデント社(雑誌「プレジデント」副編集長、雑誌「ノートブックパソコン研究」編集長)を経て、1991年にデジタルメディア評論家として独立。自宅の専用シアタールームに150インチの巨大スクリーンを据え、ソニー「QUALIA 004」やBARCOの3管式「CineMAX」といった数百万円クラスの最高級プロジェクターとソニーと松下電器のBlu-ray Discレコーダーで、日々最新AV機器の映像チェックを行っている、まさに“映像の鬼”。オーディオ機器もフィリップスLHH2000、LINNのCD12、JBLのProject K2/S9500など、世界最高の銘機を愛用している“音質の鬼”でもある。音楽理論も専門分野。
 現在は評論のほかに、映像・ディスプレイ関係者がホットな情報を交わす「日本画質学会」で副会長という大役を任され、さらに津田塾大学の講師(音楽史、音楽理論)まで務めるという“3足のワラジ”生活の中、精力的に活動している。

著作


「やっぱり楽しいオーディオ生活」(アスキー新書、2007年)――「音楽」をさらに感動的に楽しむための、デジタル時代のオーディオ使いこなし術指南書
「松下電器のBlu-rayDisc大戦略」(日経BP社、2006年)──Blu-ray陣営のなかで本家ソニーを上回る製品開発力を見せた松下の製品開発ヒストリーに焦点を当てる
「久夛良木健のプレステ革命」(ワック出版、2003年)──ゲームソフトの将来とデジタルAVの将来像を描く
「ソニーの革命児たち」(IDGジャパン、1998年 アメリカ版、韓国、ポーランド、中国版も)──プレイステーションの開発物語
「ソニーの野望」(IDGジャパン、2000年 韓国版も)──ソニーのネットワーク戦略
「DVD──12センチギガメディアの野望」(オーム社、1996年)──DVDのメディア的、技術的分析
「DVD-RAM革命」(オーム社、1999年)──記録型DVDの未来を述べた
「DVD-RWのすべて」(オーム社、2000年)──互換性重視の記録型DVDの展望
「ハイビジョンプラズマALISの完全研究」(オーム社、2003年)──プラズマ・テレビの開発物語
「DLPのすべて」(ニューメディア社、1999年)──新しいディスプレイデバイスの研究
「眼のつけどころの研究」(ごま書房、1994年)──シャープの鋭い商品開発のドキュメント


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