どういうわけかフィルムカメラ時代の呪いシリーズ第3弾である。
今回のネタは「現像」。
RAW現像自体の話は5月にしたので(→関連記事)、ここではフィルムカメラ時代の呪いによる言葉の混乱の話をしたい。
今でもよく「デジカメの写真を現像する」という言葉を見聞きする。何のことかと文脈を読むと、どうも「写真をプリントすること」を「現像する」と称しているらしい。
これは明らかな間違いなのであるが、そういう間違いが定着してしまった理由が分からないでもないのがまた悩ましいのだ。
定着してしまったがために「現像」でググるとこんな結果になる。
最初にいくつか広告がヒットするのだが、そこには「1枚5円/写真現像」「1枚3円の写真現像」って言葉が並ぶ。
明らかにこの「現像」の使い方は間違っているのだが、間違って使っている人が多い分、広告的にはヒットするために間違った用法をわざとしているのだろう。
実際、クリックしてそのサイトへ飛ぶと、現像なんて言葉は出てこない。普通に「写真プリント」と表現している。
ではなぜプリントのことを「現像する」といってしまうのか。
フィルムの時代、撮影しただけでは写真は見られない。ましてや、撮影したあとでもフィルムを光に当てちゃうとアウトである。
まず、撮影済みフィルムを薬品で処理をし、像を浮かび上がらせ、その像を定着させるという処理が必要になる。その一連の処理を「現像」と呼んでいる。
撮影済みフィルムを現像に出すと、現像済みフィルムとなって返ってくるわけだが、フィルムのままでは(特にネガフィルムでは)閲覧に不便。
普通は「現像」に出すと同時に、紙へのプリントもしてもらう。
現像と同時にプリントするので「同時プリント」というわけだが、普通の人は現像だけする、ってことはない(普通じゃない人の場合はこのさい無視)。必ずプリントも注文するし、実際に楽しむのはプリントの方である。
よって「フィルムを現像に出す」=「現像+プリント」となり、いつの間にか「現像する」≒「プリント」になっちゃったのだ。
その気持ちは分かるんだけど、デジカメで撮った写真のプリントまで「現像する」っていわれるとかなりモヤモヤする。言葉はできるだけ大切に。
じゃあデジカメには「現像」はないのか、といわれると、ある。といってもフィルムの「現像」という言葉が便利なのと使い慣れてるので借用したのだ。
デジカメで写真を撮るプロセスはこんな感じ。
シャッターを押す。
するとイメージセンサーが光を受け、そこから出た信号をデジタルデータに変換する。
変換したデジタルデータに対してホワイトバランスを合わせ、コントラストを調整し、ディテールをシャープにし、ノイズを減らし……という画像処理を施してJPEG画像に変換して記録メディアに保存する。
で、我々はその画像をカメラのモニターなりスマホなりパソコンなりで見るわけだ。
このカメラ内で行われる撮影したデジタルデータを鑑賞可能なデータに変換する作業を「現像」と呼んでいる。ややこしいんだけれども、そう呼ぶのだからしょうがない。
で、現像前のデジタルデータを、生のデータということで「RAWデータ」といい、RAWデータを画像処理して最終的な画像を作り出すことを「RAW現像」という。
たいていのデジカメは、RAWデータをそのまま保存することもできるが、JPEGが規格で決められた標準形式であるのに対し、RAWデータはメーカーによってデータの格納の仕方も拡張子もまったく異なる互換性がないデータなので、最終的にJPEGなり何なりの標準形式の画像にしなきゃいけない。
そういう意味では、撮影済みフィルムを現像処理して目に見える形にするという作業とRAWデータを現像してどの機器でも鑑賞できるJPEGで保存するという作業は似てるといえば似てるわけである。
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