―― そういった情報を得て、それでは正式にプロジェクトをスタートさせようとなったのですか?
本田 いえ、まだまだ。Windows 10 Mobileを使った端末が作れそうだ、というだけですから。その後、星川さんが2015年のMWC(Mobile World Congress)に行ってさまざまな端末メーカーのブースを巡って様子を見てきたわけです。
すると、どれもiPhoneのトレンドを追いかけてるフォロワーばかり。特に薄型、金属、ガラスといったキーワードでくくられる製品ばかりだと彼が気付き、この状況なら独自性のある端末を出せるんじゃないかと。彼自身はバルセロナ滞在中に、「よしスマートフォンを自分たちで作ろう」と決心したようです。僕もいろいろなことを加味して、「今、このタイミングしかチャンスはない」と考えていました。
―― 「このタイミングしかない」とはどうしてですか?
本田 星川さんの気持ちは彼に聞いてもらうのが一番だけど、トリニティが創立10周年ということもあって、多少リスクはあっても挑戦したいという気持ちがあったのでしょう。もともと10周年事業として何かやりたいということで、何か記念碑的な製品を作る協力を求められていたのですが、どうせ予算をかけて取り組むならスマートフォンにしてしまおうということで、5つあった記念碑製品プロジェクトを統合してスマートフォン作りに取り組むことにしたんですね。
そういえば、そのことを忘れていましたが、じゃあどんな記念碑プロジェクトを作るんだってことで、その1つは僕が自由にやらせてくれることになっていたんです。そんな中で、冗談で「スマートフォンをやりたいな」なんて話はしていたかもしれない。
それはともかく、僕は23年近くテクノロジーを追いかけてきて、最も大きな破壊的イノベーションがスマートフォンでした。もちろん1994〜95年ぐらいにかけてのインターネット普及期もすごかったけれど、とりわけ日本の電機メーカーに対する影響は大きく、産業構造が変わりましたよね。
でも、あれだけ大きなインパクトを電機産業に与えたスマートフォンも、そろそろ成熟期に入り始めたと、2013〜14年ぐらいにかけて感じるようになっていました。機能や性能がある程度満足できるものになってきて、ハードウェアにも先鋭的外観や設計思想、スペック至上主義的な部分の要求が小さくなったというか、端末に個性を感じにくくなってきたなというのもありましたね。
―― 最近はスマートフォンの新製品発表で感動するようなことが少なくなってきましたよね。製品の完成度は上がっているのですが。
本田 そんなこともあって、もっと道具としてのフィーリングが端末に求められるようになると考え始めていました。ところが業界をリードしているのは、最新のiPhoneを追いかけるフォロワーばかりで、どれもよく似た製品になっていました。
一方でスマートフォンの生産量が劇的に増加することで、中国のEMS(電子機器の受託生産サービス)もスマートフォン生産のノウハウを持つようになりましたから、「これはひょっとしてEMSを上手に使えるなら、少量生産、アイデアやこだわり勝負で何とかできるかも」と思っていました。
恐らく、これより遅いタイミングだと先に参入する小規模メーカーがたくさん出てくるでしょうし、これより早いタイミングだと小さな規模で協力してくれるEMSはなかったでしょう。
―― タイミングがうまくはまってプロジェクトが始まったわけですが、実際の企画、開発はどのように進めていったのでしょうか?
本田 僕が加わったのは先ほど話した通り、まだプロジェクトが生まれる前でしたが、まずは商品として「どのような商品企画にすれば、市場で価値あるものにできるか?」という部分をディスカッションするところから始めました。当初はTENTが参加しておらず、NuAnsブランドでスマートフォンを作ることも決まっていなかったんですよ。
コンセプト作りから、仕様決め、デザイナーの選定など、初期段階ではみんなで意見を出し合いながら作っていきました。デザイナーにTENTが加わってからも、外装に使う素材や成型技術の評価なども同様ですね。先ほども話しましたが、何しろ人数が少ないので、みんなで決められる部分に関しては、可能な限り一緒に動いて判断をしていきました。
一方で、NuAns NEOは特徴的な開発というか、仕様の落とし込み方をしています。人数が少なく、初めてのスマートフォン開発で、しかも予算規模も極めて限定的ですから、「こんな製品を作りたい」と思ったところで、本当に実現できるのかどうかは分からない。でも、最初から「できないだろう」と諦めていたら、それこそ「できるかもしれないこと」を実現しないまま落としてしまいます。
そこでNuAns NEOは「自分たちが実現したい最大限の仕様」でいったん企画を進め、難しそうな順番で片っ端から実現可能性をチェックする、というローラー作戦で作っています。
―― ローラーで総当たりというのは、リソースがないと相当厳しいと思いますが。
本田 もちろんローラー作戦といっても、人数が増えるわけじゃありません。そこで、なるべく最短距離で目的の相手を探し、話を聞き、そこからまた人や会社を紹介してもらい……と、この辺りはノンフィクションの本や記事を書くようなやり方で進めていきました。採用する技術や使うデバイス、ディスプレイパネルに至るまで、これ以上粘ると製品が出なくなるギリギリのところまで、いろんな可能性を探り続けています。
その点では、プレスとして長年やってきた経験が生きた面はありますね。20年もやっていれば、以前に取材した相手が社内のさまざまな事情を把握していて、正しい相手にダイレクトに交渉したり、情報を聞きに行けたりしましたので、協力していただいた方々には本当に感謝しています。
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