高西教授は、諸分野の専門家と協同し、動作、センサー、発話、芸術表現、さらには情動までも研究し、人間のふるまいを数値で定量化して、工学モデルを獲得していこうとしている。
教授の研究からはいくら人間が膨大でも、総合的に、多角的に取り組んでいけば人間全体をつかめるだろうという楽観と覚悟が伝わってくる。そしてかつて分野の壁を越えて研究を進めた加藤教授の精神(教授は1994年に亡くなった)が、今も受け継がれているのを感じる。
高西教授は、早稲田大学ヒューマノイド研究所、高西淳夫グループとして、人間と共生するヒューマノイドの研究を行い、またその一方で活発に企業との共同開発に参加。基礎研究の領域から、ロボットの実用化の領域まで広く活躍する研究者だ。
その研究は、世界初の「全身協調動的制御」による動歩行を実現したWABIAN‐2、人間を乗せて歩行する人間搭乗型二足歩行ロボットWL-16RIII(テムザック社との共同開発)など先端を歩み、同時に、顎運動障害者用治療ロボットWY‐5R?のように産業や医療の現場における実用的な技術にも取り組んでいる。
教授は自身の研究姿勢をこのように語る。
ヒューマノイド、僕は人型ロボットと呼んでいますけど、我々は今までいろいろなヒューマノイドの開発に取り組んできました。僕の場合、その開発すべてにおいて必ず学外に共同研究者がいるんです。
その共同研究者は、たとえばお医者さんであったり、芸術家であったり、人間科学系の人であったりする。なぜそうした共同研究者がいるかというと、人のことがわかっていないのに人型ロボットをつくろうとしても非常に難しいんですよ。
たとえば教授が開発した二足歩行型ロボット、WABIAN‐2は国立身体障害者リハビリテーションセンターの研究員と共同し、人間の歩行についていろいろと情報を共有しながら研究を進めたという。
実はこの共同研究者は、かつて教授のもとで二足歩行ロボット開発を学んだ人だった。そうした技術的なバックボーンを持つ人に教授のロボットを見せると、人とロボットの歩行をそれぞれ踏まえて、「人間は、このようには歩いていない」と教授に教えてくれるのだという。
人と人型ロボットの歩行は、どこが違うのか。人間はひざを伸ばして歩いているのに、従来のロボットは、これはASIMOなどもそうだったのだが、ずっとひざを曲げたまま歩いていた。
ひざを伸ばしての歩行は、特異点問題という工学上の課題につきあたり、実現が難しかったのである。そのためにどうしてもロボットはひざを曲げて歩かざるを得なかったのだが、実際に人間の歩行の専門家と共同研究を行った結果、教授は「人間が歩いているときには骨盤も動いている」という知識に行き当たる。
「えっ、そうなの!」と(笑)。僕らは、骨盤は、ほぼボディと一体で、歩行中には動いていないと考えていたんです。ところが動いているのだと。そうした知識を知ると、イメージが湧いてくるんです。「ちょっと待てよ。骨盤が動いているのなら、新しいリンク機構がボディと股関節の間にこう入って」と。そこで特異点問題を解決する方法がひらめいた。さらにアイディアから実際に理論を構築して数式を立ててですね。計算機上でシミュレーションしてみる。結果は実現可能だった。それですぐにWABIAN‐2の設計に取り掛かったんです。
実際にできあがったWABIAN‐2は、本当に膝を伸ばして歩くことができた。これが、世界初の“膝関節伸展型歩行”の実現となったのである。
WABIAN‐2の歩行の様子は高西教授の研究室のサイトで公開されているが、従来のロボットの歩行のイメージをくつがえし、とんでもなく生々しい。まるで人が歩いているかのように見える。
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ノンフィクションライター、編集者。1969年、大阪府大阪市生まれ。大阪桃山学院高校を中退後、上智大学文学部ドイツ文学科入学。在学中よりフリーとして働き始める。
著書に日本のオタク文化に取材し、その深い掘り下げで注目を集めた「萌え萌えジャパン」(講談社)などがある。近刊は「自分でやってみた男」(同)。自分の好きな作品を自ら“やってみる”というネタ風の本書で“体験型”エンターテインメント紹介という独特の領域に踏み込む。
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