就職先では新規事業をやりたいと思っていた。「何もなかったところに人が集まり、価値あるサービスを生み出していく過程をすべて経験できる」ことに魅力を感じていたからだ。入社から2週間後、研修中に設けられた藤田社長とのランチでは「新規事業がやりたい」と直談判。事業の提案に行く約束を取り付けた。
藤田社長に提案したのはジオメディアに関する企画。藤田社長からは「続けていい」と言われ、5月ごろからほかの新卒社員3人と共に、さらにアイデアを具体的に深めようとしたが、開発などのスキルが足りず、新人だけではサービス公開まで進められないと判断。結局企画は流れてしまった。
企画が流れてから1週間たったころ、突然藤田社長に呼び出された。スマートフォン関連の子会社を作るので出向してほしいという。誰が社長に就くかも決まっていない段階だった。それから1カ月後、アプリボットの社長を兼務することになった日高専務から「取締役をやってもらう。一緒に頑張りましょう」と告げられた。
取締役と聞いてまず出てきた言葉は「あ、そうなんだ」。まったく実感がわかなかった。
取締役に選ばれた理由は「分からない」と話す。最初に提案したジオメディアの企画は流れてしまったが、自分から手を挙げた人に仕事を任せるというサイバーエージェントの環境下で、新規事業を実現させようと本気で取り組んできたことが役員抜てきにつながったのかなと想像している。
「スマートフォン市場は知識があるだけでは勝てない。がむしゃらにいろんなことを吸収しながら新しいことに挑戦できるプレイヤーが勝てる」と考えており、「未知のものにも向かっていく」という性格が評価されたとも感じている。
藤田社長は自身のブログで、卜部さんについて「内定者時代から積極的に事業プランコンテストに応募したり、入社した後も新規事業に意欲的」と紹介し、「経営者に向いてるタイプだと感じた」とコメント。そして「今は訳がわからないと思いますが、必死にがんばって欲しい」とエールを送る。
会社の設立を発表した後、Twitterの個人アカウントで「取締役として出向することになりました」とつぶやくと、1時間ほどでフォロワーが100人以上増えた。「自分の話がうわさになっていたり、いろいろな方から連絡をもらったりした」。反響を受ける中で経営に責任を持たなくてはならないという自覚が芽生えたという。
不安が無いといえば嘘になる。しかしサイバーエージェントのほかの社員が、何かと声をかけてくれるので「一人でやっているのではないと感じる」と頼もしそうに語る。
本気で挑んだ結果失敗しても、もう1度チャレンジできるよう受け入れる環境がサイバーエージェント内にあるという。もちろん失敗する前提ではないが、「不安に思うことなく挑戦していける」という。
「スマートフォン市場なら、新卒1年目でも1番詳しくなれる可能性がある」と話す。
産業構造が数十年変わっていない業界で、すでにキャリアを積んだ人に対し、新人がすぐに対抗するのは難しいかもしれないが「新しいことがどんどん出てくるスマートフォン市場なら、徹底的に極めていけば自分がナンバー1になれる」と考える。
アプリボットの当面の目標は、10月からの1年間で売上高5億円。「挑戦的な数字」とも思うが、有料アプリの販売や、サイバーエージェントの既存の事業との連携などさまざまなビジネスモデルを模索しながら、達成を目指す。
「スマートフォン市場はお金にならないのではないかという話も聞くが、我々がしっかり市場を作って『スマートフォン市場でも戦えるんだ』ということを示せるような企業になっていきたい」(卜部さん)
卜部さんの個人の目標は「一緒に働きたい」と思ってもらえるような人になることだ。理想像は「共に働く人を魅了するようなビジョンを掲げて、それに対して本気で進んでいくような人」。「『この人の夢に協力したい』と思ってもらえるようになりたい」
サイバーエージェントはこれまでも子会社の役員に若手社員を起用することがあった。責任の大きな仕事を若手にどんどん任せていこうという社風だ。卜部さんは「ただ抜てきされるだけでなく、実際に成果を残していけるというところを、若い人でもやれるんだというところを見せていきたい」と意気込む。
一緒に働く相手の「年齢は関係ない」。例えば年上の人と組むことになった場合でも、「ユーザーに面白いものを提供したいという純粋な気持ちで取り組めば、年齢など関係なく一緒に上を目指せるんじゃないかと思っている」。自分より若い人も信頼する。「僕が仕事を任せてもらったように、一緒に働いてくれるパートナーを信じて、どんどん仕事を任せていきたい」
入社から早3カ月が過ぎ、社会人になって初めての夏を迎えている。「夏休み? まったく予定立てていないですね」――卜部さんは仕事に燃えている。
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